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第4章 束の間の恋人編
9、再チャレンジしてもいい?
しおりを挟む息をするのを忘れるほどの長く深いキスのあと、たっくんはどこまでも甘く優しい瞳で私を見つめていた。
たっくんがマットレスに膝立ちになって布団をバサッとめくり、Tシャツ1枚で包まれただけの私の全身を見下ろす。
私は彼の視線で射抜かれたまま身動きが取れず、胸の上で指を組んで、真っ直ぐになって固まっていた。
たっくんの右手がTシャツの裾にのびて、ゆっくりたくし上げていく。
「小夏、バンザイってして」
「あ……あっ、はい」
たっくんの手が私の背中を支えて、脱ぐのを手伝ってくれた。
これでとうとう下着のみ。こんな姿を男の人の前で晒すのは生まれて初めてだ。
棺に入ったエジプトのファラオのように、胸で腕を組んでひたすら息をころす。
肌に直接触れるシーツの皺が気になって身じろぎをしたら、カカサッと布地の擦れる音がした。
「たっくん……電気……消したい」
煌々とついた明かりの下では、流石に耐えられそうにない。
「えっ?ああ、そうか……」
たっくんが立ち上がって壁のスイッチを下ろすと、部屋がいきなり暗くなり、窓から差し込むネオンと月明かりがぼんやりと2人を照らし出す。
ジッと見つめあっているうちに目が慣れてきて、暗闇の中にたっくんの引き締まった上半身が浮かび上がった。
たっくんからも私の姿が見えているんだろう。
覚悟を決めて、目を閉じた。
「うわっ、ヤバイ……」
「えっ?」
急に聞こえてきた余裕のない声に思わず目を開けると、たっくんが膝立ちのまま、茫然《ぼうぜん》と見下ろしている。
「……どうしたの?」
「萎えた……」
ーーえっ?
「たっくん、それって……」
「……ごめん、勃たなくなった」
ーーそれって、つまり……
「ごめん、私の体が貧相だから……」
それを聞いてたっくんが枕の両側にバッと手をついて、必死の形相で否定した。
「違う!小夏は貧相じゃないし、これはお前の問題じゃないんだ!」
「だって、萎えたって……」
「心配するな!小夏の体型でBカップもあれば十分だ!萎えたのは俺の気持ちの問題でっ……!」
「……どうして私がBカップだって分かるの?」
「そんなの見たら大体……あっ」
しばし無言で見つめ合う。
たっくんが一つ溜息をつくと、諦めたように私の隣に寝転がり、2人の肩までバサッと掛け布団を被った。
私の方に身体ごと向いて右手で自分の頭を支えると、左手で私の手を握る。
「ごめん……別に他の女と比べてるとかじゃなくて……小夏の身体を見たら頭が真っ白になって、段取りがブッ飛んだ。あっ、ヤバイ!って思った途端……勃たなくなったんだ」
「私の身体に問題があったの? それに段取りって?」
たっくんが私の手を指先で弄びながら、ためらいがちにゆっくり語る。
「……こういう話をすると小夏がドン引きするだろうけど……俺、今まで処女を相手にした事が無くて、セックスするのに女の子の体調だったり気持ちだったりっていうのを考えた事が無かったんだ」
「処女だとメンドクサイ?」
「違う!……違うよ、小夏。初めてなのは嬉しいんだ!だけど、小夏の身体が細くて小さくて、ビックリするくらい綺麗で……傷つけるのが怖くなった」
「別に綺麗じゃ……」
「綺麗なんだよ!月明かりで青白く照らし出された肌を見たら、神秘的で……今までどうやってセックスしてたのか、何をどうしたらいいのか、分からなくなった」
『ダサいだろ』と顔を歪めて、たっくんはクルッと背中を向けた。
「俺……ダサダサだよ。小夏の前ではカッコいい俺でいたいのに……。初めては痛いって聞くから、小夏に負担を掛けないようにするにはどうしたらいいんだろうとか、俺、小夏が痛がったら途中で止めてやれるのかな?とかグルグル考えちゃって、挙げ句の果てに勃たないってさ……マジで凹むわ、こんなん初めてだよ」
イジけたように背中を丸めているたっくんが、何だか幼くて可笑しくて……愛しいと思った。
小さくなった背中に後ろから抱きつくと、肩がピクッと跳ねて、息を呑むのが分かった。
「たっくん……もしかして、朝美さんに言われた言葉を気にしてる?」
それは去り際に投げつけられた呪いの言葉。
『拓巳、 あなたに小夏さんを汚すことなんて出来ない! 絶対に抱けやしないわ! あなた達は一生愛し合えないのよ!』
「……いや、朝美のことは、今言われるまで全く頭に無かった。ただ単に、俺がビビってテンパっただけ」
ーーそうか……良かった。たっくんにはもう呪いの呪文はかかっていないんだ。
「そっか……やった! 私も漸くたっくんの初めてをゲットだね!」
「えっ?!」
たっくんが驚いた表情でガバッと振り返る。
「何が嬉しいんだよ」
「だって、セッ……そういう事をする時に緊張したのも、勃た……出来なくなるのも、私が初めてなんでしょ?」
「それでなんで喜ぶんだよ」
「だって、たっくんのファーストキスは顔も覚えていないようなスナックのお姉さんだし、初体験は朝美さんだったじゃない。これでやっと私もたっくんの初めてを貰えたんだよ!記念すべき初たっくんだよ!ありがとう!」
布団の中でたっくんの胸に抱きついたら、苦笑しながら、
「そうだった……お前ってこういう奴だったんだよな。俺の目ん玉欲しいとか、ヒマワリだとか、他の奴に抱かれてくるとか、突拍子もない事を言い出すんだよ、全く……」
たっくんに抱きついている私を更に上からギュウッ!と力一杯抱きしめると、頭にチュッとキスをくれた。
「小夏、これが初めてなんかじゃないぞ。俺の初恋も、初めての涙も、自分から追い掛けたのも抱きたいと思ったのも……お前が初めてだ。それから……勃ったわ」
「へっ?!」
「安心したとこにお前が抱きついてきて、胸とかいろいろ当たって滾ってきた」
「ええっ?!」
「なあ、今から再チャレンジ……してもいい?」
耳元で甘く囁かれて、私は胸に顔を埋めたまま、コクコクと頷くしか無かった。
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