たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
上 下
155 / 237
第4章 束の間の恋人編

5、お前を連れ帰ってもいいんだよな?(前編)

しおりを挟む

 たっくんが木製のドアをギッと開けると、店内から洒落たジャズの音と明かりが漏れてきて、前に来た時の苦い経験を思い出させた。

「さあ、どうぞ」

 たっくんに促されて店内に足を踏み入れると、途端にお客さんの視線が集まる。
 私にじゃない。私の後について入ってきたたっくんに……だ。


「キャー!拓巳、今日は休みなんじゃなかったの?」

「良かった~!拓巳がいないって言うから帰ろうと思ってたとこだったのよ!」

「拓巳、カクテル作ってよ」

 一緒の静寂の後で、大きな歓声。そして浮き足立つ女性客。

「おいで」

 たっくんが私の手を引いて奥のカウンターに向かうと、それを追い掛けるように客の視線が移動するのが分かった。

ーー私、来ちゃいけなかったのかも……。

 たっくんの希望を叶えたいと、調子に乗ってついて来たのはいいけれど、よく考えたら、ここに来ている客の大半はたっくん目当てなんだ。
 私が一緒に来て、彼女たちが喜ぶはずがない。

 そんな私の逡巡しゅんじゅんにも気付かず、たっくんは笑顔でリュウさんに話し掛ける。

「リュウさん、忙しそうだね」

 リュウさんはカウンターの奥でシェイカーを振っていたけれど、たっくんと、それから隣に立っている私に気付くと、表情を緩めてカウンター席の端を顎でしゃくった。
 そこに座れと言うことらしい。

 カクテルをグラスに注いでカウンター席の客に出すと、私たちの目の前に立って、「いらっしゃいませ」とメニューを差し出す。

「お前、休みが欲しいって、今日はデートだったのか」
「そう、初デート。な?小夏」

 リュウさんから受け取ったメニューを開きながら、たっくんが事もなげに言ってのける。

「えっ、初デート?」
「何言ってんだよ、さっきデートだって言っただろ。あっ、リュウさん、この子、俺の彼女の小夏」

ーーあっ!

 たっくんがサラッと言ってのけたその瞬間に、お店の空気がザワついた。
 そっと振り向くと、案の定、女性客の険しい視線が向けられていて、慌てて前を向き直す。
 背中に緊張が走る。

「小夏ちゃん、この前はどうも。今日は雰囲気が違うね」
「あっ、はい!」

 リュウさんから話し掛けられて、反射的にカウンターチェアから飛び降りると、

「折原小夏です。よろしくお願いします」

 ペコリとお辞儀をしたら、リュウさんが一瞬ポカンとした表情かおをして、それからハハッと笑った。

「礼儀正しい子だね。なんだか息子から彼女を紹介された父親の気分だわ」
「こんなガラの悪いオヤジは御免ですよ。小夏、何か飲む?ソフトドリンクはここ」

 たっくんが目の前でメニューを開いて見せてくれる。

「あっ、『抹茶ミルク』がある」
「小夏、コレは駄目。リキュールが入ってる」

「そうなんだ。それじゃウーロン茶で」
「オッケー。リュウさん、ウーロン茶……あっ、いいや、俺が自分でやる」

 たっくんが立ち上がろうと腰を浮かせた時、後ろの席からクスクス笑いが聞こえて来た。

「なに、あの子、お酒の種類も知らないの?」
「ダサっ!」

「なんであんな子が拓巳といるわけ?」
「地味過ぎて可愛そうだから付き合ってあげてるんじゃないの?」
「やだ、ボランティア?」

 中傷とクスクス笑いが背中に容赦なく突き刺さる。自分の顔がカッと熱くなるのが分かった。
 確かに私は場違いだ。たっくんに恥をかかせてしまう。

ーーうん、リュウさんに挨拶は出来た。ここは先に帰ろう。

「たっくん、私……」
「リュウさん、俺、トイレ!」

『帰る』と言おうとしたその時、たっくんが被せるように大きな声を出した。
 そして私の三つ編みを手に取ると、その先にチュッと口づけて、私をチラッと見上げる。

「小夏、俺がトイレに行ってる間に浮気すんなよ。リュウさん、俺がいない間、俺のお姫様にちょっかいかける奴がいないかちゃんと見張っといて下さいよ。大事な子なんで、よろしく!」

 そう言い残して、奥へと消えた。


「私……気を遣わせちゃってますよね」

 目の前でグラスを出しているリュウさんに話し掛けると、「まっ、彼氏だし、あれくらい頑張って当然なんじゃない?」そう言うと、私に顔を近づけて、そっと囁いた。

「ごめんね、あの女の子たち、拓巳狙いで店に通ってるからさ、小夏ちゃんが羨ましいんだよ。堂々としてればいいから」

 そしてフードメニューを開いて、「何か食べる?拓巳に作らせるよ」とニッコリ微笑みかけた。
 そこにたっくんが戻ってきてカウンターに入ると、私のためにウーロン茶を用意し始める。

「小夏、リュウさんに口説かれなかった?大丈夫?」
「拓巳がいない間に必死で口説いたけどフラれたよ」

「ハハッ、当然。コイツは俺のだから。手を出したらリュウさんでもぶっ飛ばすよ」
「小夏ちゃん、嫉妬深い彼氏を持つと大変だね。嫌になったら俺に乗り換えなよ」

「マジでぶっ飛ばす!」

 2人の漫才みたいなやり取りを聞いていたら、なんだか心が軽くなった。

ーー良かった……たっくんにも心を許せる人がいて。

 離ればなれになっていた6年間には辛い出来事があったけれど、私に千代美や清香という親友が出来たように、たっくんにも素敵な出会いがあったんだ……。

 たっくんは、ずっと孤独だった訳じゃなかった。
苦しい時に手を差し伸べてくれる人がいた……

 それが心から嬉しかった。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...