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第4章 束の間の恋人編
4、俺の恩人に会ってくれる?
しおりを挟むたっくんのアパート近くの商店街は、改めて見てもやっぱり『鶴ヶ丘商店街』に雰囲気が似ていて、たっくんがこの場所を選んだ理由が分かる気がした。
「ねえ、たっくん、その……アレってどこで買うの?薬局?」
「アレ? ……ああ、ゴムな」
「ちょっと!その単語を出さないで!」
「ハハッ」
たっくんは恋人繋ぎしたまま私をグイグイ引っ張って、勝手知ったる感じでアーケードを歩いて行く。
メインの通りをしばらく歩いてから右折して、一面ガラス張りのショーウインドウのある店の前で足を止めると、私の方をチラッと見る。
ガラスの奥に見えるのは、太いパイプに掛けられた色とりどりの洋服。
「セレクトショップ? 嘘っ……ここにっ?!」
「ふっ……そんな筈ないじゃん。ここにはゴムは無いよ」
「ちょっ!……だから外でその単語はっ!」
「入るぞ」
「えっ?」
ガラス戸を押して店内に入ると、たっくんは「XSかSだよな?」そう言って、ラックから洋服を取り出して私にあてがい、また次の服を見ては首を傾げて戻すを繰り返す。
「これは肌が露出し過ぎだな。コッチは短いからしゃがんだ時にマズい」
1人でブツブツ言いながら、最終的に4着を手に持って、店員さんの元に歩いて行った。
「すいません、彼女に試着させたいんですけど」
「はい、4着ですね。こちらへどうぞ」
「えっ?」
「俺も見たいから、1着ごとに出て来てよ」
目の前でシャッとカーテンが閉められて、私1人で試着室に閉じ込められた。
ーーええっ?!
「おっ、いいね。さっきのギンガムチェックかこのネイビーだな。小夏はどっちがいい?」
「私はシンプルなネイビーが……って、たっくん、これ、どうする……」
「あっ、すいませ~ん!コレこのまま着て行くんで、制服の方を袋に入れてもらえますか?」
「たっくん!」
「うん、凄く似合う。可愛い。その上にこのカーディガンな」
シンプルなミモレ丈のAラインワンピにショート丈の白いカーディガン、そして白いスニーカーを一式身につけて店を出る。
「たっくん、どうして?こんなの予定に無かったでしょ?」
「いや、俺は最初からそのつもりだったし」
「えっ、嘘っ!」
「ホント。制服じゃゆっくりデート出来ないだろ?」
制服が入った紙袋を顔の前にかざしながら言われ、「えっ?!」と足が止まった。
「今日のお出掛けはデート。その洋服は小夏の誕生日プレゼント。小夏……俺、今めっちゃ楽しいわ。誰かの洋服を選ぶのって……買い物って、こんなに楽しかったんだな……うん、マジで楽しかった」
「そんな……」
『買い物くらい、いくらでも行ったことあるでしょ?』と言いそうになって、その言葉をグッと呑み込んだ。
たっくんが経験してきたのは、穂華さんやあの男のための『食糧の買い出し』や、『朝美さんの買い物に付き合う』と言う名の服従。
それは自ら望んだものではなく、決して楽しい思い出では無いんだろう。
「私も……とても楽しかったよ。私は優柔不断で自分1人だと迷っちゃうから……たっくんが選んでくれて良かった」
「ハハッ、知ってる。昔ファミレスに行ったときも、俺が注文したのを真似したがって早苗さんに止められてたしな」
「うん……だから、これからもたっくんが選んでよ。また何度だって……一緒に買い物に来よっ!」
「うん、そうだな。『初恋のやり直し』だ。俺さ、小夏にしてやりたいと思ってたこと、まだまだ沢山あるんだ」
「うん……」
「春夏秋冬、季節ごとのイベントだって一緒に楽しみたいし、旅行だって行ってみたいな。会えなかった時間も、したくても出来なかった事も全部……これからお前と一緒に取り戻す。いいだろ?」
買い物1つで子供のように『楽しい』を連呼し、瞳を輝かせているたっくんが、嬉しくて切なくて……胸が震えた。
コクコク頷きながら両手で顔を覆って俯いたら、優しく肩を抱き締められた。
「泣くなよ小夏、俺が楽しいって言ってんだからさ、今日は一緒に楽しんでよ」
「ゔん……グスッ。ねえ……他には?たっくんが……欲しい物、やりたかった事……何があるの?今すぐ……出来る事って……ある?」
たっくんの胸でくぐもった声で尋ねたら、たっくんはしばらく考えてから、思いついた事を次々と挙げていく。
「う~ん、そうだな……」
2人一緒の学校行事。
カップルシートで並んで映画を観る。
初詣やバレンタイン、季節のイベント。
運転免許を取って、2人でドライブ。
一緒に料理(小夏はエプロン着用)
膝枕。
小夏にネクタイを選んでもらう。
行ってらっしゃいとお帰りのキス。
2人でドレスアップして高級ディナー&ホテル。
俺が選んだ下着を小夏が身につける。
一緒にお風呂。
「あとは……何だろうな?急に言われても浮かばないな」
「ふふっ……これだけ浮かべば十分。しかも後半は『やりたかった事』じゃなくて、『エロい願望』になってるし」
「ハハッ、本当だ。……でも、事あるごとに、小夏のことを思い浮かべてたんだぜ。『ああ、この景色を小夏に見せたかったな』とか、『ここに小夏を連れてってやりたいな』とか……。あっ、思いっきりイチャイチャしてバカップルって呼ばれるのも憧れて……」
そこまで言って、急にたっくんがはたと黙り込んだ。
「……たっくん?」
不安になって見上げたら、たっくんが目線を上にやって考え込んでいる。
「たっくん、大丈夫?」
「小夏……やりたい事があった」
「何?」
「リュウさんに小夏を紹介したい」
「『escape 』のオーナー?」
顎髭のあるキツネっぽい顔が浮かんだ。
「うん、あの人には凄くお世話になってるんだ。前に小夏が店に来た時にはそれどころじゃなかったから……今度はちゃんと彼女だって紹介したい」
「……行こうよ、2人揃って! たっくんがやりたいと思ってる事を、私も一緒に叶えたい」
たっくんがジーンズのポケットからスマホを取り出して時間を確認する。
午後7時43分。
「小夏、今日でもいい?今から俺の恩人に会ってくれる?」
「うん、行きたい」
たっくんはフワッと微笑んで「よし」と頷くと、私の手を握って歩き出した。
その足は真っ直ぐ駅へと向かう。2駅先のたっくんのバイト先、『escape』に行くために。
たっくんの夢の1つを叶えるために。
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