たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
上 下
145 / 237
第3章 過去編 side 拓巳

50、泥沼に沈む

しおりを挟む

「ねえ、私と同じ高校に来なさいよ」
「『陽向ひなた高校』に?俺が?」

「そう。拓巳、家を出たいってずっと言ってたでしょ?ここから陽向高校なら通学に不便だから、一人暮らしの理由になるんじゃない?」

 ホテルの部屋でベッドに寝そべっていたら、上から紗良が顔を覗き込んで来た。

 サイドテーブルに置いていたスマホを手に取って『市立陽向高校』で検索してみる。
 家から学校まではバスと電車を使わなくちゃいけなくて、乗り継ぎ時間を入れたら片道1時間以上かかることになる。確かに微妙に不便な場所と距離だ。

「拓巳は成績は悪くないんだし、高校に行かないのは勿体無いわよ。今から頑張れば特進クラスにだって入れるし、それならお義父とうさんだって文句を言わないんじゃない?」

 紗良が自分と同じ学校に俺を通わせたいだけなのは分かっていたけれど、一人暮らし出来ると言うのは魅力的だった。
 中学を卒業と同時に逃げ出す事しか考えてなかったから、当然働くしかないと思っていたけれど、なるほど、高校に通いながらの『一人暮らし』という選択肢もあったんだ。

 ただ、それを朝美が許してくれるとは思えない。
 許してくれたとしても、アイツがこれ幸いと押し掛けて来たら、家を出たって意味がないんだ。

ーーやっぱり無理だよな……。

「……悪くない案だけど……ちょっと考えてみるよ。情報をありがとな」

「ふふっ、どういたしまして。ご褒美は?」

 上から期待に満ちた目で見つめてきたから、枕から頭を起こしてチュッと短いキスをしたけれど、それだけでは不満だったみたいだ。

 ねた顔をしたまま動こうとしないから、紗良の首に手を回して引き寄せたら、喜んで自分から唇を重ね、抱きついてきた。





「家を出るだって?!」
「はい。中学を卒業したらアパートを借りて、家を出て行きたいと思っています」

 十蔵さんは腕組みをしたまま、湯気の立ち上る銅鍋をジッと見つめて考え込んでいる。


 十蔵さんに『2人だけで話をしたい』とメールをしたのが今朝の登校直後で、1時間目が始まる前には『今夜、外で食事しよう』という返事が届いていた。

 十蔵さんが待ち合わせ場所に指定してきた駅前の時計広場で待っていると、約束の5時ぴったりに小太りのスーツ姿が現れて、連れて来られたのが老舗しにせのしゃぶしゃぶ鍋の店だった。

 趣のあるお店は1階が一般客用、2階が個室になっていて、俺たちは仲居さんに案内されて、2階の個室に入った。
 俺が個人的にメッセージを送るなんて初めてのことだったから、よっぽどの事だと受け取ったのだろう。


 あれからいろいろ考えてみたけれど、やはり中学を卒業したら和倉の家を離れようと決めた。

 朝美との繋がりがある限り、俺はずっと泥沼の中に沈み込んだままだ。
 もう殆ど頭までずっぽり沈みかけてるけど、今ならまだ十蔵さんへの罪悪感や、自分への嫌悪感は残っている。
 この感情まで失ったら、もう自分は終わりだと思った。
 泥沼の底の底に足をとらわれて浮き上がれなくなる前に……とにかく離れるんだ。


 十蔵さんが腕組みをしたまま目を閉じて動かないから、まさか寝てしまったのかと顔を近づけたら、おもむろに目を開いて、霜降り肉を鍋に入れてすすぎ、「ほら、拓巳くん、沢山食べなさい」と俺の器に肉を放り込む。
 せっかくだから、肉で薬味ネギを巻いてゴマダレにつけて食べたら、肉が口の中でとろけて消えた。

美味うまっ!」

「そうだろう。この店は名古屋で初めてしゃぶしゃぶ鍋を出した店でね、接待に良く使わせてもらってるんだよ」

 ニコニコしながら自分も箸を取って食べ始めた。


「あの……」
「うん……そうだね、話をしないとね。……拓巳くんが言いたいことは、察しがついてるんだ」
「えっ?」

「その……朝美のせいなんだろう?朝美から離れたくて、家を出るなんて言い出したんじゃないか?」
「えっ?!」

 すると十蔵さんは箸置きに箸を揃えて置き、テーブルから一歩下がって膝を揃えると、「すまない!」と頭を畳に擦り付けた。

「拓巳くん、 本当にすまない!私は君と娘のことを知っていたんだ。 朝美が前から君に気があることも気づいていたし、 あいつが君の部屋に入っていくのも見かけたのに……言えば君が出て行ってしまうと思って……口に出すことが出来なかった」

ーーへっ?

 何言ってんだ?このオッサン……。

 箸から肉がスルリと落ちて、茶色いゴマダレがパシャッとねた。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...