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第3章 過去編 side 拓巳
47、終わりの始まり
しおりを挟む行きに3時間近く掛かったバスの旅は、帰りの新幹線ではたった1時間程で終了した。
グリーン車に乗ったのは生まれて初めてだったけれど、おしぼりや膝掛けのサービスがあるし、深くリクライニング出来るから凄く快適で、暗く沈んでいく俺の心とは裏腹過ぎて、なんだかひどく滑稽に思えた。
帰りの道中、十蔵さんは俺のことを横目でチラチラ見ながら顔に愛想笑いを貼り付けていて、俺がまた逃げ出さないかと怯えているようでもあった。
「朝美もとても心配してるんだ。帰ったら寿司の出前でも取って家族3人で仲良く食べよう」
『家族3人』という部分をことさら強調しながら言われ、俺は黙って頷いた。
ーー朝美……。
彼女はアイツを拒否して逃げ出した俺を怒っているだろうか。
こんな風に腫れ物に触るみたいにビクビクされるくらいなら、いっそ頭ごなしに責めて怒鳴りつけて『出て行け』と言ってもらえた方が気が楽だ。
そこまで考えて、出て行くあてもない事を思い出し、苦笑する。
ーーそうか、もう俺は『あそこに帰りたい』と思い描く場所さえも失ったんだ……。
更地になった、あの公園と同じ。
もう何もない。空っぽだ……。
十蔵さんが玄関で家の鍵を取り出す前に、内側からドアがバタンと開いた。
「拓巳っ!」
涙顔の朝美が勢い良く飛び出してきて、俺を抱きしめる。
「本当に心配したんだから……もう勝手に出てっちゃダメよ!」
『お帰りなさい』と言いながら当然のように俺の手を引き、家の中へと入って行く。
その姿はまるで本当の姉のようで、昨夜の出来事が夢だったんじゃないかと思わされる。
ーーあれはやっぱり酔った弾みだったのか……それとも俺に拒否されたことで諦めてくれたのか……。
いずれにせよ、普通にしてもらえるのに越したことは無い。
帰りの新幹線の中でずっと考えていた。
中学卒業までのあと1年ちょっとだけ、ここでお世話になろう。頑張って耐えよう。
卒業したらこの家を出て、母さんが残してくれたお金でアパートに住んで、働こう。アパートがダメなら住み込みでも何でもいい。
とにかくここを離れるんだ……。
だけど、そんな『普通』でさえ、俺には許されなかったんだ……。
それから3日後の12月28日。
十蔵さんは地元の経営者仲間との忘年会で夕方から出掛けていて、家には俺と朝美の2人っきりだった。
朝美はあれから何事もなかったように普通に接してきていて、その日の夕食も家政婦さんが作り置きしておいてくれたチーズカレードリアをオーブンで焼き直して向かい合って食べて、朝美の話に相槌を打って適当にお喋りして、そのまま1日を終えようとしていた。
だから俺もちょっと油断していたんだと思う。
食器を食洗機に突っ込んで一足先にお風呂を終えた俺が部屋でベッドに寝転んで寛いでいると、部屋のドアがノックされて、返事を待たずにカチャッと開いた。
「朝美……何?」
俺が上半身を起こして聞くと、朝美はニコッと微笑みながら後ろ手で部屋のドアを閉めた。
風呂上がりなのか、タオル地の白いバスローブを着て、頭にはターバンを巻いている。
「……何?」
身構えた俺の心を見透かしたように、朝美はクスッと鼻で笑って、手にしていたドライヤーを差し出した。
「警戒しないでよ。髪を乾かしてもらいに来ただけ」
「そんなの自分で……」
途中まで言って、続く言葉を引っ込めた。
俺はこの家の飼い犬。この家で一番偉い女王様には逆らえない。
俺は1つ溜息をついてから立ち上がると、朝美の手からドライヤーを受け取った。
だけどこれが、俺という人間の『終わりの始まり』になったんだ……。
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