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第3章 過去編 side 拓巳
45、帰ろう、あの街へ
しおりを挟む思い立ったらもうジッとしていられなくて、俺は早速荷物をまとめ始めた。
現在の所持金……黒い折り畳み財布の中にある4730円。
そこに青い缶の貯金箱に入っていた1万1252円も突っ込む。
合計1万5千982円、そして早苗さんから貰った5万円。
大丈夫だ、これだけあれば横浜に行けるし、もしも小夏とすれ違ったとしても、ホテルに1泊か2泊くらいは出来るだろう。
ーー通帳と印鑑は家賃として早苗さんに預けよう。コレだけあれば中学卒業まで置いてもらえるよな?
卒業後は仕事を見つけて働いて、大人になったら小夏と一緒に住む……。
考え出したらそれがとても素晴らしい完璧な計画に思えてきた。
俺はついさっき階下で起こった出来事も忘れて、まるで遠足に行くみたいにウキウキしながら嬉々として準備を進めた。
階下からシャワーの音がする。
十蔵さんが帰って来たんだ。
誰かがギシッと階段を上がってくる足音。そして隣の部屋のドアがパタンと閉まった。
朝美だ。
スマホの画面には12:49 AMの表示。
ーー今日決行しよう。
1日でも1時間でも早くここを出るんだ。
十蔵さんも朝美もアルコールが入ってるから今夜は寝つきが早いはずだ。
朝美は勘が鋭いところがあるから、顔を合わせて何かを勘付かれる前に、とっとと実行に移してしまった方がいい。
部屋の電気を消し、ひたすら息を潜める。
午前2時になるのを待ってゆっくり立ち上がると、足音を忍ばせて外に出た。
----------------------
十蔵さん
大変お世話になりました。
知り合いの家に行きます。
心配しないでください。
母がすいませんでした。
拓巳
------------------------
2人とも、俺がいなくなったことにすぐ気付くかな?
部屋の机に置いて来た手紙は、朝美が見つけるんだろうか。
怒るかな……でももう赤の他人なんだ、どうでもいい。
十蔵さんは……母さんとの繋がりが切れるって言って悲しむだろうな。
お世話になったのにごめんなさい。
2人とも、サヨウナラ。
家から出ると、暗い夜道を最寄り駅まで全速力で駆けた。
一歩踏み出すたびに背中のリュックが大きく弾んで背中に当たったけれど、『行け!』と背中を叩いて励まされてるようで、俺は益々スピードを上げた。
駅前でタクシーに乗って、高速バス乗り場のある大きな駅に向かう。
バスの時間まで駅のベンチで待っていようと思っていたけれど、都合よく2:45発のバスに間に合った。
俺は5万円の入った封筒を握りしめて、 横浜行きの夜行バスに飛び乗った。
クリスマスだからか、車内はカップルや若い独身の男女の姿が目立っていた。
クリスマスデートかも知れないし、遠距離の恋人に会いに行くのかもしれない。
「君、高校生?1人なの?」
隣に座った大学生風の男の人が話しかけて来た。
「はい、知り合いに会いに行くんです」
「あっ、もしかして彼女に会いに?僕は横浜に住んでる彼女に会いに行くんだけど」
「……俺も、彼女に会いに行くんです」
「やっぱり?クリスマスだもんね」
「はい」
そんな会話をしていると、自分でも徐々に気持ちが高揚してくるのが分かった。
ーーそうだ、俺はこれから彼女に会いに行くんだ……。
窓の外を見ると、真夜中にも関わらず、街の明かりやビルのネオンがキラキラと輝いていた。
ビュンビュンと後ろに流れていく景色を見送りながら、俺の心は既に、懐かしいあの街へと飛んでいた。
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