たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

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第3章 過去編 side 拓巳

28、黒い瞳の転校生

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 弁護士さんたちを交えた話し合いは長々と続いていた。

『分割協議』だとか、『合意書にサイン』だとか『遺留分の返還』だとか難しい言葉が多くて良く分からなかったけれど、弁護士さんが母さんの相続分を預かってくれていて、それを放棄しろと言う伯父さんと、拒否する母さんで揉めている…… と言うのはなんとなく理解出来た。


「これは迷惑料だ! お前があんな青い目の子を産んで出てって、俺や父さんたちがどれだけ肩身の狭い思いをしたと思ってるんだ! 」

「そんなの関係ないでしょ! 」

「関係ある! お前が苦労をかけたせいで、親父は早死にしたんだ! 葬儀の費用がいくら掛かったと思ってるんだ! 」

 そんな会話が聞こえてきて、 心臓がギュッと苦しくなった。開き戸の向こうの全員から自分が責められているような気がする。

 母さんが酔った時にポツリポツリと漏らしていた話の断片が、少し繋がった気がした。

ーー母さんは、俺が生まれたせいで家に居辛くなって、大好きだった家を離れたんだ……。

「何よ、自分だって散々迷惑かけてたくせに! 高校の時だって洋子さんが親を連れて家に怒鳴り込んできて…… 」

「穂華さん! そんな昔の話を持ち出すなんて卑怯よ! 」

 廊下の隅に座り込んで膝を抱えていたけれど、会話の内容がののしり合いだけになった所で、俺はフラリと立ち上がって、階段を上って行った。

ーーこんなの聞いてたって意味がない……。

 その後も数回に渡って話し合いがされたようだけど、俺はもう立ち聞きする気にはなれなかった。
 結局、幾らかの財産分与は行われたようだけど、母さん的には不満が残ったらしく、後々まで文句を言っていた。

 でも、俺にはそんなのどうでも良かった。

『俺の青い目は、愛すべきアジュールブルーなんかじゃなくて、この家に不幸をもたらしただけ』

 分かったのは、ただそれだけ。





「え~と、今日は転校生を紹介するぞ。月島くん、自分で自己紹介出来るかな? 」
「はい」

 俺は黒板に大きく自分の名前を書くと、皆の方を振り返って、とびきりの笑顔で挨拶をした。

「月島拓巳です、横浜から来ました、よろしくお願いします」

 途端に女子が目を合わせてキャッキャし出して、男子もおおっ!という顔をする。

「月島くんは、月島幸夫くんの親戚です。同じ苗字で紛らわしいから、これからは2人を幸夫くんと拓巳くんって名前で呼ぶことにします。それじゃあ拓巳くん、幸夫くんの後ろの席に座ってくれるかな? 」

「はい」

 後ろから2番目の席に向かって歩き出すと、幸夫が小さく手を振ってきたので、俺も胸の前で手を振って席に着いた。


 転校生なんて特に珍しくもないだろうけど、もうすぐ今年度も終わりに差し掛かっている2月中旬に学校を変わって来るなんて、やっぱり目立つんだろう。
 HRが終わると、途端にクラスメイトがわらわら集まってきて、一斉に質問責めにあった。

「ねえ、月島くんって、月島くん……じゃなくて、幸夫くんの親戚なの? 」
「うん、親同士が兄妹なんだ」

「どうして引っ越してきたの? 」
「父さんが車の事故で死んで、母さんの実家に戻ってきたんだ」

「ふ~ん、大変だったんだね」
「うん、飲み会から帰る途中で、信号無視のトラックにはねられたんだ」

「そっか……引っ越してきたばかりで大変だろうけど、私で出来ることがあったら言ってね」
「ありがとう、優しいね」

 ニッコリ微笑みかけたら、その子はポッと頬を染めて、隣にいた女の子と目配せし合う。

「おい、門倉、お前いきなり転校生狙いかよ! 」

 俺を囲んでいた生徒の1人がいきなり茶化しだす。

「そんなんじゃないよ! 転校生には親切にしなさいって先生が言ってたでしょ! 」
「だけどよ~、お前、赤くなってんじゃん! 」
「もう、うるさいっ! 」

ーーお前らみんなうるさいよ。

 こんな時、小夏だったら放っておいてくれた。
 こんな風にギャーギャー質問責めにしないし、取り巻きの輪にも入ろうなんてしなかった。

 アイツはこんな黒い瞳の俺になんて……絶対にうっとりしない。


 ニコニコと愛想笑いを振りまきながら、俺は自分の心がどんどん冷めていくのを感じていた。
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