たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

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第3章 過去編 side 拓巳

21、別れのキス

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 タクシーを病院の裏口に停めてもらうと、俺は白い息を吐きながら、 1人で救急入り口に向かった。

 粉雪の舞う、寒い夜だった。

 エレベーターを使うとナースステーションの前を通らなきゃいけないから、5階までは階段を使う。
 足の裏と指が痛むけど、そんなことは言ってられない。
 大きめのサンダルがペタペタとうるさいから、なるべく音を立てないようにゆっくり足を上げなきゃいけないのがれったかった。

 階段を上がりきると、廊下に顔だけ出して様子をうかがう。
 ナースステーションに煌々こうこうと灯りがついているけれど、廊下を歩いている人はいなそうだ。

 今日のお昼に出てきたばかりの病室に素早く身体を滑り込ませると、雪あかりでほのかに照らし出された青白い病室で、小夏が寝息を立てていた。
 ベッドサイドに立って、見納めになるであろう彼女の顔をじっと見下ろすと、鼻の奥がツンとした。

 このままずっと眺めていたいけれど、残念ながら時間がない。

ーーごめん、小夏。起こすよ……。


「…… 小夏、なあ、小夏、起きて」

 俺がゆっくり肩を揺すると、小夏がちょっとだけ顔をしかめてから、薄っすらと目を開けて、そしてガバッと跳ね起きた。

「たっくん! 」
「シッ! 」

 慌てて小夏の口に手を当てて塞いだら、うんうんと頷いたので、そっと手を離した。

 小夏は突然現れた俺に驚いていたけれど、『小夏に会いたくなった』という俺の言葉にすぐ納得して、嬉しそうにニコッとした。

 大丈夫、会いたかったのは本当だから、嘘はついてない。

 本当は顔を見て抱きしめるだけのつもりが、案の定、 離れがたくなった。

「あともう少し……5分だけいようかな」
「10分! 」

「ハハッ……うん、あと10分だ」
「やった! 」

 それでベッドに並んで座って、2人で顔を近付けながら、小声でヒソヒソとお喋りをした。


「2人で滑り台に登って、たっくんの瞳に映る青空を見たい」

「4年生で、同じクラスになれたらいいな」

「三つ編みはどうする? 朝また家に来てくれる? 」

 小夏が近いうちに訪れる現実だと思って語っている事が、俺にとっては叶わない夢で…… 。
 笑顔でしゃあしゃあと嘘を吐きながら、俺は声を震わせないよう、必死で耐えていた。

 最後にどうしても三つ編みをしたくなって、小夏にわがままを言って片方だけわせてもらった。

 小夏が俺のことを忘れないように……俺の指の感覚をいつまでも覚えていてくれるように……そう願いを込めて、いつもより深く指を差し入れて、丁寧に丁寧に、髪をいた。

 指先に触れるこのなめらかな感触を、ずっと覚えていようと思った。


「ふふっ、たっくんは本当に三つ編みが好きなんだね」
「大好き。本当に好き」

「…… お前は? 小夏は、俺のこと好き? 」
「うん、好きだよ。大好き」

「……じゃあ、キスしてもいい? 」

 するっと口からこぼれたその言葉は、言ってみるととても自然で、そうするのが当然のことのように思えた。

「キスしたい。小夏に」
「うん……いいよ」

 小夏は照れもふざけもせず、真剣な表情で頷いた。

 ベッドライトだけの薄暗がりの中で、小夏の頬にそっと手を添えると、自分の指先がみっともなく震えているのが目に入った。

ーーうわっ、俺、ダサいな……。

 キスってこんなに心も指先も震えるもんなんだ……。

 好きな子と身も心も通わせるって、泣きたくなるくらい嬉しくて、胸がギュウっと苦しいんだ……。

 幼いあの頃に、飲み屋の裏でお姉さんにされた、千円の安っぽいキスとは全然違う……。

「小夏…… 見ないでよ。ジッと見られると、やりづらい」

 俺の言葉に、小夏が素直に目を閉じる。
 ゆっくり顔を近づけると、その小さな唇に一瞬だけ口づけて、すぐに離した。

 小夏がパッと目を開けたものだから、至近距離で目が合った。
 クリッとした黒目がジッと見つめている。

ーーうん、俺はこの子のことが大切だ……大好きなんだ……。俺はこの子のために、黙っていなくなるんだ。

 そう思えたことが嬉しくて、そんな存在に出会えたことに胸が震えて……もう一度顔を寄せたら、小夏も黙って目を閉じた。 

 唇に当たる柔らかい感触に、背筋がゾクッとした。

 2度目のキスは、さっきよりもほんのちょっと長くて、離れたあとも甘い余韻を残していた。

ーーこれは別れの儀式だ。

 小夏と俺の最初で最後の口づけは、言葉では伝えられない『サヨウナラ』。

 どうか俺がいなくなっても、この唇の感触を覚えていて。
 俺と最後に過ごしたこの青白い病室と消毒の匂いを忘れないで。

 そして願わくば……俺以外のやつに、その唇を触れさせないで……。


 一瞬だけ窓に目を向けたら、暗闇の中で白い粉雪がヒラヒラと舞っていた。
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