たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

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第3章 過去編 side 拓巳

16、赤い華

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 なあ小夏、あの事件は、どうして起こっちゃったんだろうな。
 俺がいつものように我慢してれば良かったのかな?
 俺が自分のことばかり考えず、真っ直ぐ自分ちに帰ってれば良かったのかな?

 いや、元はといえば、母さんがアイツと出会わなければ……。

 だけど、どんなに運命に逆らってみたところで、最終的に向かう先は決まっていたような気がするんだ。

 俺とお前が同じ傷を持つことになったのも……
 やっぱり運命だったのかもな。





 そこから起こったことは記憶が曖昧で、どこからどこまでが現実だったのかも順序もハッキリしない。
 ただ、降り積もる白い雪と、真っ赤な血の鮮やかなコントラストだけは、やけに鮮明に記憶に焼き付いている。



 俺がアイツに髪を掴まれて、雪に膝をついてダランとしていたところに、小夏が現れた。
 チラチラと視界を遮る雪の中で、寒そうな格好をした小夏が泣きながら立っていて、 

『風邪を引いてるくせに……バカヤロー』
 って思ったのを覚えている。

 俺が小夏に「帰れ!」と叫ぶのとほぼ同時に母さんの声がして、アイツが俺から手を離した。
 頭の上から、「クソがっ!」と吐き捨てるように言う、低い声が聞こえてきた。

「お前が家に来いって俺を引っ張り込んだんだろうがっ! 今さらいい母親ぶってんじゃねえよ! 」

ーーヤバい! 行かせちゃダメだ!

 咄嗟とっさにアイツの左足にしがみついたけれど、弱り切っていた俺の力なんて、アイツにしてみたら蚊が止まったようなもので、あっさりと足蹴あしげにされて、その手をダンッ! と踏みつけられただけだった。

ーーって……。

 そこから先は、何が何だか分からなかった。
 俺は疲労困憊と手の痛みで、呻き声を出しながら雪の上に横たわっていて、周りを見渡す気力もなかったから。

 真っ暗な空から降ってくる雪を顔に受けて、ただひたすら周りの音に耳を澄ませる。

「ア゛ーーーーーーッ! 」と言う母さんの絶叫。

 誰かが掛けてくる足音。

 ガチャン! という、何かが割れる音。

 色んな音が俺の頭の上で響いていて、その次の瞬間には、額に熱い痛みが走っていた。

ーーえっ?

 目に汗が入った……と思ったら、視界が赤くなった。
 顔を微かに動かして見たら、目の前の雪がジワジワと赤く染まっていって、それが自分の血なのだと分かった。

ーーああ、俺、ケガをしてるのか……。

 ぼんやりそう考えてたら、

「あ゛ーーーーーーっ! 」という子供の叫び声に続いて、「うわっ! なんだよ、コイツ! 」というアイツの声。

ーーヤバい! 来るな、小夏!

 どうにか頭だけを浮かせて声にならない声を発したけれど、それは誰の耳にも届かなかった。

 アイツがビール瓶を振り回し、その切っ先が小夏のこめかみをかすめていく。
 そして次の瞬間、俺の視界に移ったのは、 あざやかな赤。

 小夏のこめかみにスッとラインが入って、そこからじんわりと赤いものがにじみ出てきたと思ったら、あっという間に線になり、小夏の白い頬を伝い、ポタポタと落ちていった。
 小夏の血が、雪の上にポツポツと赤い水玉模様を作っていく。

ーー小夏……小夏の傷を防がなきゃ……早く……。

 どうにかして小夏の元まで行きたいのに、俺の体は言うことを聞いてくれなくて、意識も徐々に薄れてきて……。



「たっくん…… 」

 どうにも出来ずに雪の上に横たわっていた俺の真上で、小夏の声がした。
 重い瞼を無理やり開けたら、俺に覆い被さるようにして、心配そうに覗き込む、小さな顔があった。

ーーああ、俺、かっこ悪……。

 ゆっくり手を伸ばしてみたら、冷たくてプニプニした頬に触れて、それが幻では無いのだと分かった。
 そっと頬をでていたら、指にベットリと血がついて、その赤い線を辿った先に、2センチほどの傷がパックリ開いている。
 途端に目蓋の裏が熱くなった。

「……小夏……ごめんな、また守れなかったな…… 」
「ううん、大丈夫だよ」

「お前……なんで約束守んないの?  」
「……ごめんなさい」

「お前……本当に俺のこと好きなのな? 」

 小夏がコクコクと頷くのを見ていたら、嬉しくて、情けなくて、苦しくて……。

ーーごめんな、ありがとう。
 俺もお前のこと、大好きだ……。

 そう言おうと思ったのに、それを口にする前に俺の視界は暗くなり、そのまま意識を手放した。

 意識が薄れゆくその瞬間、俺の頭に浮かんだのは、真っ白い雪に咲いた、真っ赤な華だった。
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