たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
上 下
110 / 237
第3章 過去編 side 拓巳

15、その日

しおりを挟む

 もうすぐ3年生も終わりに差しかかった、1月の月末。小夏が風邪を引き、2日間続けて学校を休んだ。

 前日と同様、その日も俺は担任から茶封筒を預かって、小夏の家まで届けに行った。
 朝から天気予報が、夕方から雪になることを何度も伝えていた、どんよりした曇り空の日だった。

ーー昨日は小夏が寝てたから早苗さんに預けたけれど、今日はどうだろう?

 出来るなら、ほんの少しだけでも顔を見たい。
 登下校でも学校でも全く会わないなんてまれだったから、俺は圧倒的な小夏不足だった。
 だから、小夏に家に上がるよう誘われた時は、躊躇ちゅうちょするフリをしてみせたものの、内心小躍こおどりして喜んでいた。
 隣の自分の家のことが気になったけれど、理性よりも欲望の方が勝ったんだ。

 小夏は水色のパジャマの上に白いカーディガンを羽織っていて、今まで絵本を読みながら、俺を待っていたのだと言う。
 細かいギンガムチェックの入った上下のパジャマは、襟元や腰の切り返しの所に白いヒラヒラのレースがついていて、なんか異様に可愛かった。  パジャマじゃなくて、そのパジャマを着ていた小夏が……だ。

 ニヤニヤしながら靴を脱いで上がったら、あがかまちに足を掛けてすぐ、自分の右足の靴下の親指のところに、大きな穴が空いているのに気付いた。

ーーあっ!

 最近は下着も洋服も新しいのを買ってもらってなかったから、靴下も随分くたびれていた。
 恥ずかしくて仕方なくて、慌てて両方の靴下を脱いで、ポケットに突っ込んだ。
 小夏に見られなくて良かった……と思った。

 靴下を脱ぐと、赤紫に腫れてあかぎれだらけの指が丸見えになるけれど、穴の空いた靴下より、幾分いくぶんかはプライドが守られる。


 久し振りにうさぎリンゴを食べて、2人で『雪の女王』の絵本を読んで、お粥を食べて……少し昔のあの頃に戻ったみたいで、心がホンワカと暖かくなった。

 だけどそれが……俺たちが楽しく過ごせた、最後の時間になったんだ……。


 しばらくすると、隣の部屋から急に、バタン! とかガチャン!という大きな物音と、言い争うような声が聞こえてきた。

「母さんがヤバイ、行かなきゃ! 」
「行っちゃダメだよ、ここにいようよ! 」

 小夏が必死になって引き止めたけれど、俺はその手をそっと引きはがして、首を横に振った。

「小夏はここにいて。絶対に来るなよ」
「でも…… 」

「いい?  何があっても絶対に外に出ないって約束して。誓えるな? 」

 そう言って小指を差し出したら、小夏は瞳を濡らしながら、ゆっくり小指を絡めてきた。
 その手が震えていると思ったけれど、よく見たら、俺の手も一緒に震えていた。

「……うん、よし! それじゃ行ってくる。小夏は絶対に外に出るな。絶対だぞ! 」

 何度も念を押してから、俺は勢いよく部屋を飛び出して行った。


 俺が自分のアパートに戻ると、廊下の奥から母さんの大声が聞こえてきた。

「だから今すぐ出てけって言ってんの! このクズ! 」
「なんだとっ?! 」

 俺は玄関で靴を脱ぎ捨てて、全力で廊下を走ると、ドアを開けると同時に、アイツの腰めがけてタックルして行った。
 立ったまま母さんの胸倉むなぐらを掴んでいたアイツは、俺の不意打ちに勢いよく倒れたけれど、すぐに起き上がって反撃してきた。

「なんだ、コノヤロウ! 」

 今度は俺の胸倉を掴んで、思いっきり平手打ちを食らわせてくる。
 容赦なく張り倒されて、俺の体はテレビの角にガツンとぶつかって、そのまま床に落ちた。

 アイツが俺に馬乗りになると、後ろから母さんがアイツの肩を引っ張った。

「やめてよ! ……アンタなんか、出てけ! 」
「……お前らっ! 」

 アイツは更に激昂げっこうして、俺の首に手をやった。

「ヤメロって言ってるでしょ! 新しい女のところでも何処にでも行っちゃいなよ! もうアンタなんかいらない! 」

 母さんが必死でアイツを後ろへ引っ張る。

「…… っザケンナ! このクソがっ! 」

 アイツが俺から離れて母さんの髪を鷲掴わしづかむ。

「やめろよ! 母さんを離せ! 」

 後ろから膝めがけて思いっきり蹴りを入れたら、アイツが鬼の形相になって、俺の腹を蹴り上げてきた。

 グフッ……。

 思いっきり胃液がせり上がってきて、口の中が苦くなる。
 お腹を抱えてかがみ込んだら、上からグイッと髪を掴まれて、そのまま玄関まで引っ張って行かれた。

 ドアが開いた途端、身を切るような寒さが全身を襲った。 
 ズルズル引っ張られて行くと、足の裏がピリッとして、そこに雪があるのだと気付いた。

 ゆっくり顔を上げて見たら、目に飛び込んできたのは一面の白。
 天気予報の通り、いつのまにか雪が降り出していた。

 真っ黒い空から白い牡丹雪ぼたんゆきが次々と落ちてきて、地面をすっかり覆い尽くしている。

ーーああ、俺、死ぬのかな……。

 その時、朦朧としてきた意識の中で、急に聞き慣れた声に呼ばれた。

「たっくん! 」

 俺もアイツもビクッとして、動きが止まった。

 そんなの誰なのか、すぐに分かる。

ーーバカヤロー……。

 来るなって言ったのに、指切りしたのに……。
 お前はなんだって、いつも……。

 涙で滲んだ視界には、顔を涙でグチャグチャにしながら、可愛い水色のパジャマ姿で、青い絵本をギュッと抱きしめて立っている小夏がいた。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

処理中です...