たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

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第3章 過去編 side 拓巳

14、火花

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 新幹線の窓枠まどわくに肘をついて外の景色を眺めながら、不思議と心は落ち着いていた。
 怖くないと言ったら嘘になるけれど、逃げ出したいとは思わなかった。

あきらめの境地』っていうのに達していたのかもしれない。

『思いがけず小夏に会えて、想像以上に素晴らしい時間を過ごすことが出来たんだ、もう思い残すことはないな』
 なんて本気で思っていたし、

『タコ殴りにされて俺が死ねば、アイツは刑務所行きだ。そしたら母さんは自由になるし、小夏や早苗さんたちにもこれ以上迷惑をかけなくて済む』
 とも考えていた。

 そこまで開き直ってしまえば怖いものなしで、不思議と気持ちはいできて、名古屋での楽しい思い出ばかりが頭に浮かんで来る。

「ふふ~ん、ふふふふん」

 小夏と一緒になって歌っていた、朝の子供番組のオープニング曲を、目を細めながら鼻歌で歌っていたら、母さんがギョッとして、薄気味悪いものでも見るような視線を送ってきた。

ーーいいんだよ、母さんには分からなくたって。                          
 小夏だけが覚えていてくれれば、それでいい……。

「ふふん、ふふふふん…… 」

 何度も同じ曲をリピートしながら、俺はどんどん小夏のいる場所から遠ざかっていった。





 予想はしてたけど、アイツは分かりやすくブチ切れていて、俺が帰るといきなり早足で近づいて来て、バシッと思いっきり頭をはたかれた。

「ふざけんじゃねえぞ! 許可なく勝手なことをしやがって! よくもぬけぬけと帰って来れたな! このクソガキがっ! 」

 言いながら興奮してきたのか、胸ぐらを掴んでから俺を勢いよく突き飛ばし、尻餅をついたところに横から1発蹴りを入れてきた。

ーーバカじゃないの、コイツ。 

 自分が母さんを迎えに寄越よこしておいて、何が『ぬけぬけと帰って来れたな』……だ。

 アルコールのり過ぎで、自分が何を言ってるか分かってないんじゃないの?
 そもそも俺が何をしようが、他人のお前の許可なんて必要ないんだよ!

 そう考えてたら馬鹿らしくなって鼻で笑ってやったら、アイツはそれでヒートアップして、更にガシガシと横腹を蹴り上げてきた。

「てめえっ、なんだよその目は! 人のことを馬鹿にしてんじゃねえぞ! 」

 目を血走らせ、口から唾を飛ばしながら叫んでいるその姿は、まるで悪魔が人間の皮を脱ぎ捨てて、 その本性を現したかのようだった。

ーー殺せよ! そこまでの度胸もないチンピラがっ!

 絶対に泣くものかと唇を噛んでグッと堪えていたら、唇が切れたのか、口の中に血の味がしてきた。
 体を丸めてお腹をガードしていたら、右の手のひらに丸い火傷のあとが見えた。

 閉じた瞼の裏側で、パチパチと飛び散る線香花火の火花が映って、その向こう側に、ニコニコ笑っている小夏の顔が見えた。
 夏祭りじゃないのに、なぜか浴衣を着ている。

 ピンクのまりと花を散らした生成り地の浴衣ゆかたが、とても似合っていて……。

「ハハッ……可愛いな…… 」
「てめえっ! 笑ってんじゃねえ! 」

 ガシッ!
 また蹴りが入った。

「うっ…… 」

 背中にもう1発。

「あんた、いい加減にしなよ! 」
「うるせぇっ! 」

 アイツが離れたと思ったら、すぐにガチャンと何かが割れる音がした。
 大方おおかた、テーブルの上にあったガラスのコップでも壁に投げつけたんだろう。
 そのコップだってお前んじゃ無いんだよ、勝手に割ってんなよ、バカヤロー。

ーーここから動かなきゃ。アイツがすぐに戻って来る……。

 だけど疲れきった身体は思うように動かなくて……。

「ああ…… って…… 」

 身体をゆっくり引きりながら、かすんだ視線の先にある、青いリュックを見つめる。

ーー小夏……会いたいよ……。

 動くことを諦め、再びゆっくりと瞼を閉じると、そこにはやっぱり、金色の火花と小夏の顔が浮かんでいた。

 あの事件が起こる運命の日まで、あと5ヶ月。
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