107 / 237
第3章 過去編 side 拓巳
12、幸福な瞬間
しおりを挟む夏休みに入ってすぐに、隣の家から小夏の気配が消えた。
親戚の家にでも行っているのかな……なんて思っていたら、それが当たっていたみたいで、ある日トイレを借りに行った時、早苗さんに、一緒に名古屋に行かないかと誘われた。
そこで小夏はお祖母さんと過ごしていると言う。
「そりゃあ、行けたら嬉しいけど…… 」
自分ちの方の壁をチラリと見ながら呟いたら、 早苗さんが意外な事を言った。
「大丈夫、穂華さんには許可をもらってるから」
どうやって話をつけたのかは知らないけれど、早苗さんが母さんを上手く説得してくれたらしい。
顔をパアッと輝かせた俺を見て、早苗さんは声を潜めながら、念を押した。
「いい? 拓巳くん。当日私が迎えに行くまで、この事はあの男にバレないようにしてね。家では絶対に話題にしないこと。こっそり荷造りをして、リュックはどこかに隠しておきなさい。荷物は少ない方がいいわ。足りない分は向こうで買えばいいから」
アイツにバレて、母さんの気が変わるのを恐れたんだろう。
だから俺は、嬉しくてワクワクする反面、アイツにバレて妨害されないよう細心の注意を払いながら、その日を迎えた。
8月に入ってすぐの週末、玄関のチャイムが鳴った途端、俺はリュックを手に立ち上がった。
後ろでテレビを見ていたアイツがどんな顔をしていたのかは知らない。
後ろから肩を掴まれたら終わりだと思ったから、心臓をバクバクさせながら、靴に足先だけ突っ込んで、勢いよく外に出た。
早苗さんは俺を見ると背中を抱きかかえるようにして速足で歩き出し、既にエンジンのかけてあった車のドアを開けて、助手席に俺を座らせた。
青いリュックを俺から受け取って後部座席に置くと、「やったね!」と言いながらお互いの手をパチンと合わせてようやく笑顔を見せ、車を発進させた。
学校のない夏休みは地獄の日々を覚悟していたから、突然の名古屋行きは、まさしく地獄から天国だった。
名古屋には行ったことが無かったから、どんな場所なのかも楽しみだったし、アイツのいない場所で恐怖に怯えず過ごせるというのも嬉しかった。
そして何より……早く小夏に会いたいと思った。
小夏のお祖母さんの家は下町にある古い日本家屋で、ガラリと横に開ける磨りガラスの引き戸が新鮮だった。
玄関から早苗さんが呼んでも小夏は出てこなくて、俺は早苗さんに言われた通り、上がってすぐにある左手の和室に入って行った。
畳の匂いのする部屋に足を踏み入れると、見慣れた小さな背中が縁側に腰掛けて、ぼんやりと空を見上げている。
その姿を見た途端、胸に熱いものが込み上げてきて、大声で泣き出しそうになった。
俺は一旦足を止めてゆっくり呼吸を整えると、会いたくて仕方なかったその子の名を呼ぶ。
「小夏」
自分でもビックリするくらい声が震えていたけれど、ちゃんと届いていたようだ。
俺の声を聞いた途端、 小夏の肩がビクッと跳ね上がり、その直後に小刻みに震え出した。
ギシッと音をさせながら隣にしゃがみ込んだら、案の定その顔は涙でグシャグシャになっていて……。
「小夏、元気だった? 」
顔を覗き込んだら、泣き笑いの顔で「うん、うん」と頷く。
俺も並んで縁側に腰掛けると、小夏は信じられないという顔をして、横からまじまじと見つめてきた。
「たっくん…… 」
「うん」
「…… たっくん! 」
「……うん」
俺が知ってるのより少し痩せて、細っそりと顎が尖っているその姿を見て、早苗さんが言ってた通り、あまり食べていないんだろうな……と思った。
ーー俺のためにこんなになって……。
そう思うと愛しさが込み上げてきた。
指先で涙をスッと拭ったら、顔をクシャッとさせて、大声で「うわぁ~ん!」と泣き出した。
あまりにも可愛かったから「ハハハッ」と笑ったら、怒って更に泣き出した。
胸がブワッと何かでいっぱいになって、途端に俺の目にも涙が溢れてきた。
泣き顔を見られたくなくて、小夏をギュッと抱き寄せたら、細い腕で必死にしがみついてきた。
『幸福』という言葉は、この瞬間のためにあるんだと思った。
0
お気に入りに追加
262
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる