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第3章 過去編 side 拓巳
6、束の間の幸せ
しおりを挟む満開の桜の下で、花びらを手に小夏と俺が微笑みあっている写真は、今でも俺のお気に入りの一枚だ。
早苗さんが2枚プリントして、小夏とお揃いのフレームに入れてくれたそれは、鶴ヶ丘のアパートを出る時も、タオルに包んで真っ先にリュックに入れて持ってきた。
引っ越した先々でも、必ず部屋に飾って眺めては、2度と会えないであろうお前の成長した姿を思い描いてニタニタしたり、現実を思い知って落胆したりを繰り返してたんだ。
今思うと、小学校に入学したばかりのあの頃が、俺の幸せのピークだったのかな……って、自分の人生を振り返っては、よくそう思うんだよ。
小夏がいて、早苗さんがいて、母さんもまだちゃんと家に帰って来てて、みんな仲が良くて……。
あんなに長く1つの場所に留まっていたのは、あの木造アパートだけだったし、所謂『普通の暮らし』っていうの?
明日が来るのが楽しみだな……ってワクワクしながら布団に入るっていうのが初めてでさ。
あの頃は、落ち着いた生活を小夏と過ごせることが、ただただ楽しくて……思い返すと自分でもドン引きするくらい浮かれてたんだよな…… 。
本当に、あのまま時間を止められたら良かったのにな……。
*
俺が小学校に入学するにあたって一番心配だったことは、小夏とクラスが離れてしまうんじゃないかということだったけれど、ラッキーなことに同じクラスになれて、俺は心の中でガッツポーズをした。
俺は入学式の時から注目の的で、 特に女の子がキャーキャー騒いでうるさかったのを覚えている。
俺はそういう視線に慣れてるから構わなかったけれど、小夏は人目を気にするみたいで、知らない女子に頼まれたら橋渡し役をするし、俺が女子に取り囲まれていたら近付いてこなかったりと、変に気を遣っているのが丸わかりだった。
周りを意識してポニーテールにした時は、正直イラっとした。
小夏はそのままがいいのに、他の女子の真似なんてしなくていいのに……。
だから俺は、 他の女子と小夏の対応に、思いっきりあからさまな差をつけてやった。
一緒の登校班で学校に来ると、始業のチャイムが鳴るまで小夏の机の横に立って喋り、休み時間のたびに小夏の元に駆け寄って、また2人きりでお喋り。
移動教室も並んで歩き、帰りもアパートまで一緒。
ラブレターを貰っても、目の前でそのまま突き返した。
そしてその直後には、とびきりの笑顔を作って小夏の元に駆け寄って行くんだ。
俺がそうすればする程、女子の嫉妬の視線が小夏に向かって行った。
俺といるせいで小夏が女子のグループに上手く入れないでいるのには気付いていたし、本当に小夏のためを思うのなら、自分が上手く立ち回って、小夏も一緒に仲間に入れるよう動くべきなのも分かっていた。
だけど、そんな事はしたくなかったし、小夏には友達なんて出来なくても構わないと思っていた。
自分勝手だと言われても構わない。
俺は小夏を独占していたかったし、他の誰とも仲良くなんてさせたくなかった。
そうやって孤立させて囲い込んででも、俺だけを見ていて欲しい……その笑顔を他のヤツなんかに向けさせてたまるかよ……って、真剣に思ってたんだ。
身勝手で浅はかな考えだっていうのは百も承知だ。
歪んでるって自分でも思うよ。
だけど、ようやく出会えた大事な女の子を誰にも奪われないようにしようと思ったら、そうする以外、仕方ないだろう?
小夏、覚えてるか?
俺がお前の髪を三つ編みしたいって言い出した時のこと。
あれは急に思いついたんじゃなくて、そのずっと前から、そうしたいって思ってたんだ。
朝、保育園に行く時にお前んちに行くと、お前がダイニングテーブルの椅子に座って、その後ろで早苗さんがお前の髪を三つ編みにしてるだろ?
俺はさ、早苗さんの手にさえ嫉妬してたんだよ。
あの髪の毛を触るのが俺だけならいいのに、俺だって三つ編みぐらい出来るのに……って。
実際やってみたら散々だったわけだけど……あのあと俺は、母さんに頼んでめちゃくちゃ練習したんだぜ?
お前、俺がいなくなってから、自分で三つ編みしてたの?
だったら俺は、お前の手にも嫉妬するよ。
お前の髪を触るのは、世界中で俺だけでありたいんだ……。
そんな風に自分勝手だったから、神様が俺に罰を与えたのかもな。
皆川涼司《みながわりょうじ》は悪魔なんかじゃなくて、神様が俺を懲らしめるために寄越した遣いだったのかもしれない。
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