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第3章 過去編 side 拓巳
4、うさぎみたいな女の子
しおりを挟むこんなことを言うと嫌味に聞こえるかも知れないけれど、あの頃の俺は自分の魅力を充分に心得ていて、ニコッと微笑みかけておけば、大抵のことは上手く転がっていくもんだと思っていた。
小さい頃から母さんには、『拓巳は綺麗な顔をしてる』、『拓巳の瞳は父さん譲りの美しいブルーアイズだ』なんて、恋人を見るような目で繰り返し言われ続けてたものだから、周囲の日本人と自分の顔立ちが違うことにも劣等感を持たずに済んでいたんだ。
俺たちがあのアパートに引っ越してきたのが3月の終わりで、4月の新年度から、俺は『鶴ヶ丘保育園』に通い始めた。
横浜にはアメリカ人とかハーフが結構住んでいたから、俺みたいな容貌のやつは珍しくなかったけれど、アメリカンスクールじゃなくて普通の保育園に通うやつはあまりいなかったんだろう。
マロンブラウンの髪に青い瞳の俺は、園児の中で一際目立っていて、やっぱり最初は好奇の目でジロジロと見られた。
だけど、俺が英語しか話せないんじゃないかと遠巻きに眺めてビビっている園児たちにニッコリ微笑みかけて、
「こんにちは。俺、拓巳。よろしくな」
そう流暢な日本語で話しかけるだけで、もう万事オーライだった。
あとは面白いくらいワラワラと周囲に人が集まってきて、俺はあっという間にクラスの人気者の座を手に入れた。
それまでまわりに大人しかいない環境に慣れていた俺にとって、保育園での生活は新鮮で楽しかった。
決まった時間に出てくる給食やオヤツは美味しかったし、かくれんぼやサッカーなんかの、『集団』での遊びが出来るのも嬉しかった。
その頃には、水商売に慣れていた母さんの収入も結構良かったから、洋服も小綺麗なのを着させてもらってて、俺は一見すると『いいとこのお坊ちゃま風』に見えていたと思う。
女の子たちがベタベタ触ってきたり、俺を巡っていがみ合うのにはウンザリしたけれど、それでもあそこでの居心地は悪くなかった。
そんなわけで、『鶴ヶ丘』での俺の生活は、思いのほか幸先のいいスタートを切ることが出来たんだ……。
それは、俺が『鶴ヶ丘』での暮らしに慣れてきた頃。
ジージーとアブラセミの鳴き声がうるさい、うだるように暑い夏の日だった。
アパートの隣の部屋で、ガタゴトと音がして、沢山の人間が出入りする気配がした。
ーーちぇっ、とうとう誰かが引っ越してきたのか。
隣に住人がいなかったこの数ヶ月は快適だった。
隣の生活音が気にならないし、逆にこちらも遠慮なく大きな音が出せる。
102号室の住人がどんなヤツかが気になったけれど、勝手に外に出るのを母親から禁止されていたから、覗きにいくのを諦めた。
その後しばらくして玄関のチャイムが鳴ったけれど、勝手な応対も止められていたから、俺は無視してテレビを見ていた。
母さんは奥の部屋で寝ていた。
翌日、いつものように保育園に行って、園庭でサッカーをしていたら、ボールがうさぎ小屋の方にコロコロと転がって行った。
ボールを追いかけて走った先には、見慣れない小さな背中とおさげ髪。
どうやら熱心にうさぎを見ているらしい。
コツンとお尻にボールが当たると、彼女はそれを両手に持って立ち上がった。
振り返ったその子を見て、俺はクスッと小さな笑いを溢した。
ーーウサギみてぇ……。
小さな身体に小さな顔。
その小っちゃな顔にくっついてる両目は、やけに黒目が大きくてクリクリしていて……。
顔の両側に垂れ下がってるおさげ髪は、さながらウサギの耳ってとこだな。
でっかいウサギの背後に本物のウサギが3匹……。
ハハッ、そんじゃ、こいつがボスウサギだ。
俺があまりにもジッと見ていたからか、その子は身動きも出来ずに立ち尽くしていた。
「あっ、ごめんな」
そう言ってボールを受け取ろうと思ったら、俺が見ていた以上に、相手も俺を見つめていたことに気付いた。
そういう視線には慣れている。
物珍しい、ブルーの瞳……。
「キレイ……ビー玉みたい」
「えっ、ビー玉? 」
「えっ、日本語? 」
同時に素っ頓狂な声を発して、同時に黙り込む。
「いいな……綺麗な青い目、欲しいな…… 」
それから自分が持っている物に今更気付いたように、慌ててボールを差し出した。
「あっ、はい、これ」
「ありがとう」
俺はサッカーボールを受け取ると、待っている仲間の方へ足を向けた……が、すぐに立ち止まって振り返った。
「ねえ、名前、なんて~の? 」
「……小夏、折原小夏」
「ふ~ん、俺は月島拓巳」
俺はそれだけ言い残すと、園庭の真ん中へと駆けて行った。
ーーオリハラコナツ……ふ~ん、小夏か……。
俺の目が綺麗なビー玉だって。
欲しいんだって。
ーー欲しいって何だよ? 目ん玉くり抜いて取り出したら、アイツ喜んで受け取るのかよ? 俺がめっちゃ痛いじゃん!
「ハハッ……小夏……小夏か…… 」
ーー変なヤツ……うん、なんかアイツ、変わってる。
なんでか分からないけれど、これから楽しいことが起こりそうな予感で胸をワクワクさせながら、俺は力一杯ボールをキックした。
それが、俺と小夏との、初めての出会いだった。
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