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第3章 過去編 side 拓巳
3、キスの値段
しおりを挟む俺が初めてキスをしたのは5歳の時。
正確には『された』。
相手は母親と同じスナックで働いていた20代後半のホステス。
今思えば彼女は『ショタコン』というやつだったんだろう。
昼間は他の仕事をしてるとかで、毎週金曜日と土曜日だけバイトに来ていた彼女は、最初から俺に好意的だった。
『拓巳くんカワイイ』が口癖で、何かとお菓子や絵本なんかをプレゼントしてくれる優しいお姉さんに、俺も懐いていた。
彼女は時間があるとスタッフルームに顔を出して、俺の相手をしてくれた。
意味もなくギュッとハグしてきたり、頭を撫でてきたけれど、俺はそれが嬉しくて心地よくて、抱きしめられれば俺も喜んで抱きつき返していた。
母さんも、「まるでペットみたいな可愛がり方ね」なんて言いながら、まんざらでもないようで、彼女が俺に構うのを微笑ましく眺めていた。
それは、雨で客足が悪くて暇な日だったと思う。
スタッフルームでお姉さんがくれたケーキを半分こして食べながら、好きな戦隊ヒーローの話なんかをしていたら、急にお姉さんが俺の唇を人差し指でなぞって、そのあとフニフニッと軽く突いてきた。
行動の意味が分からずキョトンとしてる俺にニコッと微笑みかけると、
「拓巳くん、本当にカワイイ」
そう言って、キスをしてきた。
不意打ちの行動にビクッと体を固くした俺に、お姉さんは『シーッ』と人差し指を立てると、ロッカーから財布を出してきて、千円札を握らせた。
「お母さんにも誰にも内緒だよ。そしたらまた、おこずかいをあげるから」
キスされたその瞬間はビックリしたものの、別にお姉さんのことは嫌いじゃなかったし、おこずかいがもらえたしで、その時は特に深く考えず頷いた。
だけどお姉さんがスタッフルームを出て行ってから、急に怖くなった。
キスされた事ではなくて、母親に秘密を持ってしまったことに罪悪感を感じたんだ。
『お金を貰ったことがお母さんにバレたらどうしよう』というのが心配で、貰った千円札を小さく畳んでリュックの奥にしまい込んだ。
そんなことが4~5回続いたと思う。
ある日、いつものようにお姉さんが俺に千円札を握らせてキスしていたら、その現場を母親に目撃された。
「ちょっと、アンタ何やってんのよ! 」
母さんはお姉さんの襟首をつかんで、思いっきり激しく平手打ちを食らわせた。
床に倒れこんだお姉さんに馬乗りになって、更に頭や顔をバシバシ叩きまくっている母親の姿を見て、俺はその時初めて、俺とお姉さんがやってた行為が悪いことだったんだと認識した。
それと同時に、『キス』することが、俺の中では特に重要な行為ではなくなって、ただ口と口をくっつけるだけで、簡単にお金がもらえるんだ……ということを学んだんだ。
そのあとお姉さんはお店をクビになって、新しくバイトに入ったのは30代後半の女の人だった。
それから間もなく、母親が新しい男に入れあげて、そいつがボーイをしているキャバクラに移ると同時に、お店の寮へと引っ越した。
新しい男には彼女がいて、母さんはスカウトに引っ掛かっただけだと分かり、男と揉めて修羅場になった挙句、勢いで店を辞めた。
そして新しく働くことになったのが鶴ヶ丘商店街にあるスナックで、引っ越した先が、向かい側に小さな公園のある、2階建ての木造アパートだった。
以前、母さんが酔っ払って階段で足を踏み外して怪我をしたことがあったから、今回は1階を選んだ。
隣の102号室は空室だから、しばらくは隣の生活音も気にしなくていい。
2階に上がる外階段に腰掛けて、少ない荷物を2トントラックからせっせと移動させている引っ越し業者を観察していたら、ツバメがチチッとさえずりながら、スイッと軽やかに空を横断していった。
空はどこまでも青く澄み渡り、雲はのんびりと浮かんでいる。
ーー 今度はいつまでここにいられるのかな。
このあと運命の出会いが訪れるなんて思いもせずに、俺はぼんやり空を眺めていた。
俺がもうすぐ6歳になろうという暖かい春の日だった。
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