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第3章 過去編 side 拓巳
2、流浪の母子
しおりを挟む幼い頃の記憶なんていうのは、酷く断片的で曖昧なものだ。
誰かから聞かされたものと自分が実際に見聞きしたものが混ざり合い、そこに自分の願望なんかも練り込まれて、本物とは違うけれど、本当っぽい思い出話が出来上がっていく。
俺の場合は、思い出の情報源が母親だけで、しかもその大半は酔っ払った時だったから、その信憑性はかなり怪しいものばかりだ。
話の途中で母さんが寝てしまうことはザラだったから、途中で話が飛んでいたり結末を知らなかったりで、1つのストーリーとして完結していない思い出話も沢山ある。
だけど俺は、後でわざわざ母さんに聞き返すような事はしなかった。
嘘か本当か分からないような話を確かめたって意味がないから。
ただただ相槌を打ち、母さんの気が済むまで話を聞き続ける ……ただそれだけ。
だから、俺の記憶というのは、まるでバラバラに散らばったパズルみたいに、俺の人生のどの部分に当てはまるピースなのかが曖昧で、欠けたピースもずっと見つからないままなんだ。
だけど全体に共通して言えることは……それらの記憶の殆どに、酒と煙草と化粧の臭いが染みついている……っていうこと。
俺自身が覚えている最初の記憶は、スナックのスタッフルームでパイプ椅子に座って、1人オモチャで遊んでいるところ。たぶん3歳ぐらいなんだろうと思う。
俺たちが住んでいたのは、母さんが働いていたスナックから歩いて徒歩10分くらいのボロアパートで、通勤はいつも徒歩だった。
お金がなかったのか、送迎を頼める人がいなかったのかは知らないけれど、俺は託児所には預けられず、夜になると出勤する母さんと一緒に手を繋いでスナックに行って、仕事が終わるまで奥の部屋でずっと待っていた。
俺はいつも子供用の小さな青いリュックを背負わされていて、中にはお気に入りの戦隊モノのフィギュアやヌイグルミ、飲み物のボトルやおやつなんかがギッシリ詰まっていた。
スタッフルームには、会議室によくあるような長机が置いてあって、俺はその上に戦隊モノのフィギュアを、倒さないようドキドキしながら等間隔に並べていくのが好きだった。
たまに母さんやスナックのママさんが様子を見に来てくれて、おつまみ用のチョコレートだったりチーズだったりを置いていってくれた。
母さんを待っている間はそうやって勝手に時間を潰しているのだけど、最後には長机に突っ伏して寝てしまって、気がつくと家の布団で寝ているというのが常だった。
たまに帰宅途中で目が覚めることがあって、そんな時は、母さんの背中におんぶされていた。
目をしょぼしょぼと開けると、目の前には母さんの白い首筋があって、『ハアハア』と息を吐きながら、街灯だけの暗い裏道を歩いている。
胸に感じる母さんの体温と、いつもの化粧の匂いに安心して、俺はまたウトウトと眠りにつくんだ。
その頃は、珍しく母親に恋人がいない時期だったんだと思う。
料理があまり得意な人ではなかったから、普段はコンビニの弁当やカップ麺だったり、スーパーの惣菜が多かったけれど、仕事のない日曜日にはチャーハンなんかを作ってくれて、2人で向き合って食べていたから。
母親が熱烈に愛し合って駆け落ちしてきたはずの営業マンとは、実家を出て1年もせずに別れてしまったらしい。
別れた原因は聞いていない。
その後にも彼氏はいたと思うし、男の人のアパートで一緒に住んでた時期もあるけれど、その辺りのことはあまり覚えていない。
あまり覚えていないって事は、特別にいいことがあったわけでは無いけれど、凄く不幸でも無かったってことなんだろう、たぶん。
なあ小夏、お前と早苗さんが、前に言ってくれたよな。
『うちの子にならない? 』
『一緒にいようよ』
あの言葉は本当に本当に、涙が出るほど嬉しくて、本当にそうしたいって何度思ったか分からない。
だけどさ、俺にとって家族は母さんだけだし、あの人には俺しかいないんだよ。
あんな人だから、男ができてもすぐに別れちゃうし、その時に俺がいなかったら、本当に独りぼっちになっちゃうだろ?
だからさ、俺だけはあの人を見捨てるわけにはいかないって……ずっとそう思ってたんだ。
憎くないと言ったら嘘になる。
なんでこんなヤツが俺の母親なんだろうって思ったことも、1度や2度じゃないよ。
それでも嫌いになりきれないのは、やっぱりあの背中の温もりを忘れられないからなんだろうな……。
今も目を閉じると思い出すんだ。
母さんの背中で眠りこけてしまった時、つい手が緩んでずり落ちそうになった俺を、「よいしょ!」って言いながらしっかり支えてくれた、あの細いけど力強い腕を。
あの時のあの人は、紛れもなく母親だったんだ。必死で母親であろうと頑張ってたんだ。
たぶん、きっと……。
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