たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
上 下
87 / 237
第2章 再会編

36、アイツに何か言われた?

しおりを挟む

 ずぶ濡れのまま駅のホームに立っていたら、スッと隣にたっくんが並んできた。

「ほら、これ……なんで傘を持ってかないんだよ。ずぶ濡れじゃん」
「ああ…… 」

 たっくんが前を向いたまま差し出してきた傘を、私も前を向いたまま、手だけ横に伸ばして受け取る。

「……アイツに何か言われた? 」
「……別に……何も…… 」

 そこで会話が途切れて、 沈黙が続く。

「アイツは……朝美あさみっていって……母さんの再婚相手の娘で…… 」

ーーそして、たっくんの初めての相手なんだよね。

「彼女……置いてきちゃって良かったの? せっかく会いにきてくれたのに。大事な人なんじゃないの? 」

「ああ、別にいいんだ。アイツが勝手に来ただけだし」

ーーたっくんは嘘ばかり。そして私に隠し事ばかりしている。

「……私、ここからは1人で帰れるから大丈夫。もう行って」
「いや、駅からの道だって危ないし送るよ」

「いい」
「いや、送るって」

「いいって言ってるでしょ! ! 」

 思わずヒステリックに叫んでしまった。

 お願いだから察してよ。
 今はとにかく1人にして欲しい。
 たっくんの顔を見たくない。

 だって、これ以上一緒にいたら、人目ひとめはばからず大声でののしってしまいそうだから……。


ーーたっくん、あなたは、血の繋がりが無いとはいえ、お義姉ねえさんと寝たんだよね?

 その事実と、そのことを言ってくれないたっくんの両方に打ちのめされた。

 背中がゾミゾミして全身が小刻こきざみに震える。
 雨に濡れたせいだけでは無い。私は今、身も心も完全に冷え切っているんだ。


 強張こわばった私の表情に、たっくんは何かを察したのだろう。
 それ以上はもう何も言わずに、黙って隣に立っていた。

 到着した電車に、たっくんは一緒に乗り込んできたけれど、私とは少し離れたところで吊り革につかまって、窓の外を眺めていた。
 電車を降りてからも、5メートルくらい距離を取って後ろからついて来て、私が家の玄関の鍵を開けて中に入るまで、遠くでじっと見守っている。

 私は家の玄関をピシャンと閉めたものの、やっぱり気になってガラリと玄関の引き戸を開けた。
 だけどもうそこには、たっくんの姿は見当たらなくて、私はなんだかとても残酷ざんこくなことをしたような気がして、後悔の念に襲われた。

 過去に乱れた生活をしていたたっくんへの幻滅げんめつと、何も教えてくれないことへの苛立いらだちと、それでもこんな風に優しさを見せられてうれしく思ってしまう気持ち。

 いろんな感情がドロドロと胸の内で混ざり合って葛藤かっとうして、何の答えも見つけられないまま、私はその夜を眠れずに過ごした。





 翌朝は案の定、37.4度の熱が出た。
 雨に濡れて冷えたせいもあっただろうけど、精神的に参ったまま、一晩中眠れなかったことが大きいと思う。

 母は学校を休んだ私を心配していたけれど、微熱だし軽い頭痛がするだけだから大丈夫だと私が言うと、鍋にお粥を作ってから仕事に出掛けて行った。


 1人で部屋のベッドに横たわっていると、いろんな事が次々と頭に浮かんでくる。

 たっくんとの思い出。
 別れの日のこと。
 再会した日のこと。

 下駄箱の写真。
 紗良さんとたっくんのこと。
 たっくんのバイトのこと。

 そして……朝美さんとたっくんのこと。

 いろいろ考えて思ったのは、どれだけたっくんのことを思い浮かべても、6年間の空白が、その思い出を邪魔してくるという事だ。

 せっかく会えたのに、せっかく付き合うことになったのに……私が知らない6年間のたっくんが、私の心をかき乱し、かげを落とす。

 私とたっくんが本当の意味で恋人同士になろうとするならば、この空白の6年間を埋めなくては無理だと思った。

 この大きなみぞを埋めない限り、私たちは疑心暗鬼ぎしんあんきになり、喧嘩を繰り返し、いつか決定的に駄目になってしまうだろう。


ーー会いに行こう。

 私はベッドから体を起こすと、昨日持っていたバッグの中からしわくちゃの紙を取り出して開いた。

『 和倉朝美  090-1314-xxxx 』

 私は携帯電話を手に持つと、紙に書かれた番号をゆっくり押していった。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...