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第2章 再会編
36、アイツに何か言われた?
しおりを挟むずぶ濡れのまま駅のホームに立っていたら、スッと隣にたっくんが並んできた。
「ほら、これ……なんで傘を持ってかないんだよ。ずぶ濡れじゃん」
「ああ…… 」
たっくんが前を向いたまま差し出してきた傘を、私も前を向いたまま、手だけ横に伸ばして受け取る。
「……アイツに何か言われた? 」
「……別に……何も…… 」
そこで会話が途切れて、 沈黙が続く。
「アイツは……朝美っていって……母さんの再婚相手の娘で…… 」
ーーそして、たっくんの初めての相手なんだよね。
「彼女……置いてきちゃって良かったの? せっかく会いにきてくれたのに。大事な人なんじゃないの? 」
「ああ、別にいいんだ。アイツが勝手に来ただけだし」
ーーたっくんは嘘ばかり。そして私に隠し事ばかりしている。
「……私、ここからは1人で帰れるから大丈夫。もう行って」
「いや、駅からの道だって危ないし送るよ」
「いい」
「いや、送るって」
「いいって言ってるでしょ! ! 」
思わずヒステリックに叫んでしまった。
お願いだから察してよ。
今はとにかく1人にして欲しい。
たっくんの顔を見たくない。
だって、これ以上一緒にいたら、人目も憚らず大声で罵ってしまいそうだから……。
ーーたっくん、あなたは、血の繋がりが無いとはいえ、お義姉さんと寝たんだよね?
その事実と、そのことを言ってくれないたっくんの両方に打ちのめされた。
背中がゾミゾミして全身が小刻みに震える。
雨に濡れたせいだけでは無い。私は今、身も心も完全に冷え切っているんだ。
強張った私の表情に、たっくんは何かを察したのだろう。
それ以上はもう何も言わずに、黙って隣に立っていた。
到着した電車に、たっくんは一緒に乗り込んできたけれど、私とは少し離れたところで吊り革に掴まって、窓の外を眺めていた。
電車を降りてからも、5メートルくらい距離を取って後ろからついて来て、私が家の玄関の鍵を開けて中に入るまで、遠くでじっと見守っている。
私は家の玄関をピシャンと閉めたものの、やっぱり気になってガラリと玄関の引き戸を開けた。
だけどもうそこには、たっくんの姿は見当たらなくて、私はなんだかとても残酷なことをしたような気がして、後悔の念に襲われた。
過去に乱れた生活をしていたたっくんへの幻滅と、何も教えてくれないことへの苛立ちと、それでもこんな風に優しさを見せられて嬉しく思ってしまう気持ち。
いろんな感情がドロドロと胸の内で混ざり合って葛藤して、何の答えも見つけられないまま、私はその夜を眠れずに過ごした。
*
翌朝は案の定、37.4度の熱が出た。
雨に濡れて冷えたせいもあっただろうけど、精神的に参ったまま、一晩中眠れなかったことが大きいと思う。
母は学校を休んだ私を心配していたけれど、微熱だし軽い頭痛がするだけだから大丈夫だと私が言うと、鍋にお粥を作ってから仕事に出掛けて行った。
1人で部屋のベッドに横たわっていると、いろんな事が次々と頭に浮かんでくる。
たっくんとの思い出。
別れの日のこと。
再会した日のこと。
下駄箱の写真。
紗良さんとたっくんのこと。
たっくんのバイトのこと。
そして……朝美さんとたっくんのこと。
いろいろ考えて思ったのは、どれだけたっくんのことを思い浮かべても、6年間の空白が、その思い出を邪魔してくるという事だ。
せっかく会えたのに、せっかく付き合うことになったのに……私が知らない6年間のたっくんが、私の心をかき乱し、翳を落とす。
私とたっくんが本当の意味で恋人同士になろうとするならば、この空白の6年間を埋めなくては無理だと思った。
この大きな溝を埋めない限り、私たちは疑心暗鬼になり、喧嘩を繰り返し、いつか決定的に駄目になってしまうだろう。
ーー会いに行こう。
私はベッドから体を起こすと、昨日持っていたバッグの中から皺くちゃの紙を取り出して開いた。
『 和倉朝美 090-1314-xxxx 』
私は携帯電話を手に持つと、紙に書かれた番号をゆっくり押していった。
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