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第2章 再会編
34、こんなトコで何やってんだよ?!
しおりを挟むその夜は午後7時を過ぎた頃から静かに小糠雨が降り出していた。
一旦玄関を開けた私は慌てて中に戻り、傘立てからお気に入りの水色の傘を取り出すと、バッと勢いよく開いて表へ飛び出した。
借りてきた黒いパンプスにパシャンと水が跳ねたのが気になって一旦立ち止まったけれど、またすぐに歩き出した。どのみち濡れてしまうのだ。
清香に靴を返す時には、何か御礼の品を添えて渡そう……そう考えながら、街灯の下を駅へと向かった。
今日の放課後、校門で紗良さんと別れた私は、そのまま踵を返して部室へと戻った。
「ねえ、大人っぽい格好ってどうすればいい? 」
私がたっくんのバイト先に行くつもりだと言うと、『夜遅くにそんな所に行くのは危険だ』と、司波先輩と清香が反対した。
だけど、 私の決意が固かったことと、千代美の、
『でも、行かなかったら小夏はずっとグズグズ悩み続けるじゃん。それに、バイト先には和倉くんがいるんでしょ? 彼は小夏が危なかったらちゃんと守ってくれる気がする』
という言葉で、賛成へと傾いた。
『そりゃあ大人っぽいと言えば黒色でしょ! 』
司波先輩の安直な説を信じた訳ではないけれど、自分の持っている洋服の中で一番大人っぽいと思われるのが黒いタイトミニだったので、それに白いカットソーを合わせ、上に黒いデニムジャケットを羽織って行くことにした。
*
『 Shot Bar escape』は、私の最寄駅から電車で6駅、たっくんのアパートからは2駅の繁華街にあって、飲み屋やキャバクラなどの看板が立ち並ぶ賑やかな通りから細い路地を奥に入ったビルの1階にある、隠れ家的な小さいお店だった。
海外の古い家にありそうな、金属の飾りと輪っかが付いた木製の扉に、紗良さんから貰ったカードと同じような、黒字に金色で『escape 』と書かれた小さめのプレートが飾られている。
ーー お母さんの帰りが遅い日で良かった……。
今日、母は会社に新しく入った新人2人を連れて飲みに行くと言っていた。
こういう日は、大抵帰りが午後10時を過ぎる。
つまり私は、それまでに帰らなくてはいけない……ということだ。
水色の傘を閉じて入口の横に立て掛け、 ギッという古めかしい音をさせながら扉をそっと開くと、中からゆったりとしたジャズが流れてきた。
カウンターの向こう側で、長髪を後ろで結び、あご髭を生やした20代後半くらいの男性がシェイカーを振っているのが見える。
そしてその男性の向こう側、カウンターの奥の方に、たっくんの姿を見つけることが出来た。
たっくんは、カウンターに座っている女性のタバコにライターで火をつけているところで、顔を近づけて、何やらクスクス囁き合っている。
それを見た途端、心臓に黒いヘドロを流し込まれたように不快な感情がドロッと湧き上がってきた。
最初に私に気付いたのはあご髭の男性で、 たっくんは彼に、『おい、お前のツレ? 』と言うように肘で脇を突かれ、何気ない感じでフッと顔を向けた。
その瞬間、薄笑いの表情が凍りついて、目だけが大きく見開かれた。
たっくんは弾かれたようにカウンターから飛び出すと、私の手首を掴んで強引に外に引っ張り出した。
そこで雨が降っていることに気付くと、今度はチッと舌打ちしながら私を中に引っ張り込み、「リュウさん、ちょっと中を借ります」と言って奥に連れ込む。
カウンターのすぐ裏側の部屋は、物置兼、休憩室のような感じで、4畳ほどの狭い空間に、洋服がまばらに掛かったパイプハンガーに事務用ロッカー1つ、長方形の折りたたみテーブルとパイプ椅子2個が、飲み物の瓶や段ボール箱に囲まれた状態で置かれている。
テーブルの上には煙草の吸い殻が入った黒い灰皿が置いてあって、『これってあの人の吸い殻なのか、たっくんのなのか』と一瞬考えた。
だけど、その答えを見つける前にたっくんに一喝され、私は肩をすくめて俯くことになった。
「バカヤロウ! お前こんなトコで何やってんだよ?! 」
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