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第2章 再会編
32、いいよ、ヤる?
しおりを挟む「あの……紗良さん、待ってください! 」
今まさに校門を出て左折しようとしている紗良さんをグラウンドの真ん中から呼び止めると、彼女は怪訝そうな顔をして、それでも足を止めてくれた。
「私、あなたに名前を呼ばれる謂れはないんだけど」
全速力で走り寄って、ハアハア息を切らしながら膝に両手をついている私を見下ろしながら、不機嫌そうに腕を組む。
「すいません……私……ハァ……下の名前しか…… たっくんが、紗良って呼んでたから…… 」
そう言いながら、漸く息を整えて体を起こしたら、『たっくん』と言う単語に反応した苦々しい顔があった。
「あの……すいません、紗良さんの苗字を教えてもらってもいいですか? 」
「えっ、なに? 」
「下の名前が嫌なら、苗字で呼ぶようにするので…… 」
紗良さんは組んでいた腕を解くと、ハァ……と溜息をついて、諦めたように言った。
「もう、いいわよ」
「えっ? 」
「私の名前は宮園紗良。だけど苗字でも下の名前でもどっちでもいいわよ。どうせどっちで呼ばれても不快なことには変わりないんだから」
ーー不快……。
そう言われて少し怯んだけれど、嫌われているのは承知の上だ。
むしろ今こうして話をしてくれているだけでも、ありがたいくらいなんだから。
「それじゃあ、紗良さん……たっくん……和倉くんのバイト先を教えてもらえないでしょうか」
「えっ? あなた……彼女のくせに拓巳のバイト先も知らないの? 」
そう言われて胸がズキンと傷んだけれど、本当のことだから仕方ない。
「はい……教えてもらってないので」
「そう……あなたには綺麗なところしか見せたくないってわけね。おままごとみたい」
目を細めてクスッと笑った。
ーーおままごと……。
「……そんなに変ですか? これから知っていくんじゃダメですか? 」
「これからって…… 」
紗良さんは少し考えてから、愉快そうに口を開いた。
「ねえ、あなた、拓巳の写真を見たでしょ? 」
「写真? 」
下駄箱に入っていた5枚の生々しい写真の画像が頭に浮かんだ。
ーーそれじゃあ、やっぱりこの人が……。
私のその考えを読んだように、紗良さんが首を横に振る。
「ああ、やったのは私じゃないわよ。その前の嫌がらせも。私はそんな惨めなことはしないわ」
「それじゃあ…… 」
「私はただ、やるって言うのを止めなかっただけ。犯人はあなたと同じ学年の子だけど、名前は言わないわよ。彼女がやらなくたって、どうせ他の誰かが同じような事をしただろうから」
「……そうですか」
「それであなた、あの写真を見て、どう思った? 」
「どうって……嫌だと思いました。付き合ってもいないのに、あんなこと…… 」
紗良さんは眉を動かして、皮肉げに口の端を上げる。
「あんなことでもね、私たちが拓巳と繋がれる唯一の手段だったの。『ホテルに行こうよ』って誘うと、『いいよ、 ヤる? 』って。簡単でしょ? 」
「…………。 」
「軽蔑した? でもね、私はそれでも構わないって思ってた。その中でも私は一番近くに置いてもらってると思ってたし、実際、他の子たちよりも私を優先させてくれてたの。私が呼べば会いに来てくれたし、悩みも聞いてくれた……あなたが現れるまではね」
憎々しげに言われて、 言葉を失った。
たっくんは彼女たちに恋愛感情を持ったことが無いと言ったけれど、紗良さんにだけは、恋愛では無いにせよ、特別な感情を持っていたのかも知れない。
聞きたくなかった……なんだか胸が重くて息が苦しい。
だけど、これは私が知らなくてはならない事なんだ。
たっくんは絵本の中の王子様ではなくて、16歳の『和倉拓巳』という生身の男の子なのだから。
私はグッと歯を食いしばって、紗良さんの言葉に耳を傾けた。
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