たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

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第2章 再会編

29、俺に愛想を尽かした?

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 座卓に並べられた5枚の写真を前に、たっくんの弁明が始まった。

「この写真は……俺が知らない間に勝手に撮られたものだ。写真を撮ったのも、それをお前の下駄箱に放り込んだのも……俺が遊んでいた女たちの誰かだと思う」

「この写真は? これはお酒を飲む場所だよね」

 知らない誰かに贈られた写真のうち4枚は、いずれもホテルの部屋で撮ったと思われる、情事じょうじの後を匂わせるものばかりだった。

 だけどたった1枚だけ、毛色けいろの違うこの写真には、バーのカウンターらしき所でお酒の並んだ棚を背に女性客と談笑している、白シャツに黒いベストを着た大人っぽいたっくんが写っている。

「たっくんは、飲食店でバイトを始めたって…… 」
「ショットバー。昔よくツルんでた先輩の兄貴のお店。飲食店には違いないだろ? 」

「でも、お酒がある所なんて…… 」
「普通に喫茶店とかで働くよりも時給がいいんだよ。知り合いだから融通ゆうずうが効くんだ。大学生ってことにしてもらってる」

「女の子たちとお喋りするんだね」
「客と喋らないわけにはいかないだろ」

「知ってる女の子も来たりするの? 」
「そりゃあ……先輩の兄貴の店だからな」


「…… 紗良さらさんも? 」

 その質問には、「ああ…… 」と少しだけ詰まってから、

「共通の知り合いの店だからな。だけど、客として来てるだけだし、俺もカウンター越しに話をするだけだから」

 そうぶっきらぼうに答えた。

 たっくんは気まずそうに私をチラッと見てから、目の前のグラスをつかんで麦茶をゴクゴクと飲む。

 コトンとグラスを置いたそこに水の輪が出来ていて、『あっ、 コースターを敷くのを忘れたな』なんて、この場に全く関係ないことを冷静に考えている自分に驚く。

「……たっくんは前に、紗良さんは彼女じゃないって言ったよね」

「紗良も……この前電話をかけて切ったヤツらもみんな、彼女なんかじゃない。これっぽっちも恋愛感情なんて無いし、お互いに割り切って付き合ってて…… 」

「割り切れてなんか無いよ! 」
「いや、それは…… 」

「割り切れてたら、こんな写真を撮ったりするはず無いじゃない! 私の下駄箱に嫌がらせなんてする必要ないじゃない! みんな、たっくんの事が好きだったんだよ! 大好きだから、こんな風に視線の合ってない、自分を全く見てくれてないような写真でも欲しかったんだよ。どんな手段を使ってでもたっくんの側にいたかったんだよ! 」


ーー そしてたっくんは……。

「たっくんは、そんな彼女たちの気持ちを利用したの。気付かないフリをして、もてあそんだんだよ。そして……私にウソをついた」

「小夏、それは違う、俺はウソなんてついてない! 俺は小夏と離れてから6年間、ずっと小夏の事だけを想ってきたんだ。他の女を好きになった事なんて無い! 」


「たっくんの好きって何なの? 好きでもない相手と所構ところかまわずキスして、平気でホテルにも行けるの? そんなの私が知ってる『好き』じゃない!そんなに軽くてうすっぺらい気持ちなんて、私はいらない! 」

「何も知らないくせに、薄っぺらいなんて言うなよっ! 」

 たっくんがガタンと座卓に手をつくと、指先に触れたグラスが勢いで倒れた。
 まだ半分ほど残っていた麦茶が氷と共にこぼれ出し、ポタポタと軽快な音を立てて畳にみを作っていく。

 布巾ふきんを取りに行こうと腰を浮かした私を制して、たっくんが立ち上がる。

「いい、俺がやったんだから俺が行く」

 勝手知ったるという足取りで廊下に出て行くたっくんを見送ると、途端に脱力感が襲ってきた。


ーー 疲れた。

 いろいろ起こり過ぎた。

 高校に入学してたっくんに再会して、変わりきった姿に驚いて、追い掛けられて……そしてまた好きになって。

 これからは本当に恋人として付き合っていくんだと覚悟した途端、目の前に大きながけが現れた。
 その崖は深くてけわしくて、覗き込んだだけで足がすくんで……。
 疲れきった私には、その崖を飛び越える勇気も覚悟もないんだ。


 キッチンから戻ってきたたっくんが、無言で畳にいつくばり、布巾ふきんを動かす。

「……悪かったな、怒鳴って」

 畳に落ちた氷をグラスに戻しながら、ぼそりと呟く。
 カランという音だけが、辺りにむなしく響いた。

「小夏は …… 俺に愛想を尽かした?  俺のことを嫌いになった? 」
「……分からない」

「もう顔を見るのも嫌? 俺から離れたい? 俺から逃げる? 」

「そんなに一遍いっぺんに言われたって答えられないよ! ただ、いろいろショックでパニックで……たっくんのことが信じられなくなっただけ」


「信じられない? 」

 私の言葉を聞いて、たっくんの表情が一気に険しくなった。

「小夏、俺が言ってることは一貫して変わってないよ。分かってないのは……小夏、お前の方だ」

「えっ? 」

 たっくんはれた雑巾をその場にポイッと放り出すと、座卓を回り込んで来て私の目の前に立ち、冷たく見下ろしてくる。
 そして、その場にしゃがみ込んで片肘かたひじだけ座卓に置くと、私をジッと見つめ、低い声音こわねでハッキリ言った。


「小夏、寝るのなんて簡単だよ」
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