たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
上 下
71 / 237
第2章 再会編

20、会ってもいいのかなぁ?

しおりを挟む
 
 たっくんと私が付き合い始めたというのは、特に宣言したわけでもないのに、あっという間に学校中に知れ渡った。

 たっくんが電話をかけた女の子たちから広まったのかも知れないけれど、それ以前にたっくんの私に対する態度があからさまだから、誰が見てもお察し……という事なんだろう。



 あれから1週間。 
 あの翌日から、紗良さんたちが校門でたっくんを待っていることは無くなった。

 翌日、ドキドキしながら下駄箱の扉を開けたけど、たっくんが買ってくれた新しい上履きには、落書きも、花壇の土が入っていることも無かった。

 それは潮がサッと引いていくかのようにあっという間で、もしかしたら彼女たちから呼び出しくらいはあるんじゃないかと身構えていた私は、あまりにもアッサリと収束した事態に、逆に拍子抜けする程だった。

 遠くからの射るような視線や、すれ違いざまの冷んやりした空気を感じることはあるけれど、彼女たちの気持ちを考えたら、それくらいは仕方がない……よね。




「うん、小夏の唐揚げめちゃくちゃ美味いな」

 まだ口の中に前のが残っているのに、たっくんは緑のピックでまた新しい唐揚げを突き刺した。

 学校の中庭のベンチで、私とたっくんは2人並んでランチを食べている。
 私は教室で千代美ちよみ清香きよかと食べるつもりだったのだけど、毎日のようにたっくんが通ってくるから、とうとう2人に追い出された。

「目の前でイチャイチャされたら気になって食べられないんですけど~ 」
「私たちはいいから、2人で食べてらっしゃいよ」

 ニコニコしながらそう言う2人に見送られて、私とたっくんは2人でお昼を過ごすことにした。
 たぶん私たちが6年分の空白を埋める時間を与えてくれているのだろう。
 彼女たちは、そういう気配りが自然に出来る人なのだ。

「ねえ、たっくん、今度うちに来ない? 」
「えっ? 」

 私の言葉にたっくんの手が止まった。

「お母さんにたっくんの事を教えてあげたいな……って思って。お母さん、たっくんに会ったらきっと喜ぶと思うんだ。それに、たっくんはいつも購買のパンを買ってるでしょ?  お母さん公認になれば、家で堂々とたっくんの分もお弁当を作ってあげられる」

「………。」

 たっくんは緑のピックをお弁当箱の蓋に戻すと、身体ごと前を向いて黙り込んだ。

「たっくん? 」

「俺は……会えないよ」
「えっ……どうして? 」

「早苗さんは……たぶん俺と小夏が会ってるって知ったらいい顔をしない」
「そんな事ないよ! お母さんはたっくんを本当の息子みたいに思ってたじゃない! 」

「そんなのは昔の話だ! 」

 急にたっくんの語気ごきが荒くなってビクッとしたら、それに気付いたたっくんが、眉を寄せて切なそうな顔をした。

「小夏……ごめん、怖がらせた」

 たっくんは右手でそっと私の前髪を上げて、左のこめかみを見つめる。

「……やっぱり傷、残っちゃったな」

 そこには斜めについた、2センチほどの傷痕きずあと
 あの雪の日に、割れたビール瓶の先で傷ついたそこは、目立たなくなったものの、今もうっすらと痕が残っていて、普段は前髪で隠されている。

 だから私は今だに小学生の頃のままの前髪パッツンのおさげ髪。

「もう全然大丈夫だよ。痛みは無いし、傷痕も薄くて目立たないし。たっくんは? 前髪が長いのは、額の傷を隠すため? 」
「うん……まあ、そうだな」

「…… 見ていい? 」

 たっくんが頷きながら前髪を上げると、そこには私と同じようなサイズの傷痕が、スッと縦に1本入っている。
 場所が額のど真ん中な分、前髪が無ければ私よりも目立ちそうだ。 

「触ってもいい? 」

 たっくんが頷くのを待って、人差し指の先でそっと傷痕をなぞってみた。

 あの時パッカリ開いて赤い血をポタポタ垂れ流していたそこは、今は白っぽい線となり、指の腹にほんの少しの凹凸を感じさせるのみ。

「触ると痛い? 」
「痛くないよ」

「私のと同じだね」

 私がクスッと笑ったら、たっくんが
「悪かったな……俺のせいで。女の子なのにな」

 そう言って長い睫毛まつげを伏せた。

 少し憂いを含んだその瞳は、彫《ほ》りの深い整った顔をいつも以上に蠱惑的こわくてきに見せていて、それが私のために、私だけに見せているものなのだと思うと、なんだか胸がゾクゾクして、ひどく満足感で満たされた。

「良かった……お揃いで」

 ポロリとこぼれたその言葉は、自分でも変だと思ったけれど、嘘偽うそいつわりのない私の本心でもあった。
 たっくんと同じ傷を持っているのが、他の誰でもない、自分で良かったと、心からそう思うから。

「小夏……バカだな」
「……うん」

 たっくんが再び私の前髪を上げて、こめかみの傷に口づけた。

「この傷も、小夏も、俺のだから」
「……うん」

「俺……早苗さんに会ってもいいのかなぁ?  またこうして小夏といることが許されるのかなぁ? 」
「うんっ!会っていいに決まってるし、会って欲しい! 」

「……分かった。行くよ、小夏んち」

たっくんは覚悟を決めたようにキッパリと言うと、私の瞳をじっと見つめた。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...