たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
上 下
54 / 237
第2章 再会編

3、内緒にしておいてくれる?

しおりを挟む
 
 たっくんがいなくなったあの日……。
 青い目の王子様があっけなく去り、魔法が解けた私は、『めでたし、めでたし』なんていうハッピーエンドは絵本の中だけなんだとさとって、夢見ることをあきらめた。

 学校の先生は『教師』と言う名の職業のただの人で、世話好きなご近所さんは、噂好きで無責任なだけ。

 9歳にして世間の冷たさやずるさを嫌というほど学んだ私は、大人に期待も憧れもしない、ちょっとめた目で世間を見ている、可愛げのない子供になった。

 
 そんな私にも、今ではありがたいことに心を開ける友達がいる。

 長谷千代美はせちよみ野田清香 のだきよかの2人は、空想癖があって人付き合いがあまり得意とくいでない私を受け入れてくれる、中学時代からの貴重な親友だ。


 私たちが通っていた中学はクラブ活動必須ひっすで、必ず何らかのクラブに所属しなくてはならなかった。

 運動系が苦手な私は『読書クラブ』なるものに入ったのだけど、そこは『とりあえず所属しただけ』の幽霊部員の巣窟そうくつで、顔を出しているメンバーも殆どは漫画を読んだりゲームをしているだけという有様ありさまだった。

 そんな中にあって真面目に小説を読んでいたのが千代美ちよみ清香きよかと私の3人いで、騒々しい集団を避けて教室の片隅かたすみに固まっているうちに仲良くなった。


 保育園や小学校の時は、友達になろうと寄ってきた子の大半がたっくん目当てだった。
 最初はニコニコしながら近付いてきても、私が使えないと分かると、途端に苦い顔をして離れて行く。

 そのあからさまでいさぎよい態度にいっそ清々せいせいしながらも、私自身には彼女たちをきつけるものが無いのだと思い知らされ、幼いなりに傷ついたものだ。

 その点、千代美と清香はたっくんに関係なく私を選んでくれた、正真正銘しょうしんしょうめいの親友だ。

 この子はたっくん目当てだろうかと疑心暗鬼ぎしんあんきになることなく、自然に打ち解けることが出来たのは、たっくんと離れて唯一ゆいいつ良かった点なのかも知れない。





「ええ~っ、ちょっと何その純愛ドラマ。泣けるんだけど~!」

 今日は入学式のあと、各教室で教材を受け取って解散だったので、千代美と清香に頼んでそのまま家に来てもらった。
 朝からいろいろ心配を掛けたので、 事情を説明したかったのだ。

 そして私から幼馴染の『たっくん』との昔話を聞いた千代美ちよみは、ポケットからミニタオルを取り出して目頭を押さえている。

「それにしても、そんな偶然ってあるものなのね。横浜で離ればなれになった2人が転校先の名古屋で再会って……凄くロマンチック」

「もう、清香きよかまでそんな事を言う……。別にそんなドラマみたいでもロマンチックでも無いよ。むしろショックというか……」

 そう、ショックなのだ。

 たっくんにはもう二度と会うこともないだろうと半分諦めながらも、もしもの希望を捨てきれずにいた。
 そして年を重ねるごとに想像していた。
 今年のたっくんはどんな姿をしているんだろう。背はこれくらいになってるかな、手のひらの大きさはこれくらいかな、足のサイズは……。

 だけど想像の中のたっくんはいつだってビー玉みたいに澄んだブルーの瞳にマロンブラウンのツヤツヤした髪で、何よりひまわりみたいな笑顔は絶対に変わることがなくて……。

 どんな人混みの中でも、道ですれ違っただけでも、そこにいたら絶対に見つけることが出来る、そう思っていた。その自信があった。

ーーなのに私はたっくんだと気付くことが出来ず、おまけに逃げ出して……。

 あんな形で再会するなんて思ってもみなかった。正直まだ戸惑っているし半信半疑だ。

ーーそれに……あの人はたっくんだけど、たっくんじゃないというか……。

 入学式のあと、私を図書館に連れ込んだのは、間違いなくたっくんだった。
 それはあの仕草と会話、そして右手の火傷やけどあとで確信している。

 だけど、髪も目の色も違う。
 それに、言葉では表現しにくいけれど、たっくんの雰囲気が昔とは全然違っていた。

 そりゃあ成長すれば人は変わるものだと思う。
 でも、それだけでは無い何か。 
 彼の醸し出す空気が、私の知っているたっくんを否定しているかのように感じて……。

 もっと話したかったし、聞きたいこともあった。
 だけど私は泣くことしか出来なくて、その後は教室に戻らなくてはいけなかった。

『またな』

 教室の前で、そうたっくんは言ったけれど、私がたっくんに会ったことは母には内緒にしておいて欲しいと言われた。

『悪いけど、しばらく俺のことは早苗さんに内緒にしておいてくれる?』

 もしも会えたら聞こうと思っていたこと、言いたいことが沢山あるはずだった。
 なのにあんなに夢見ていたたっくんとの再会は戸惑いばかりで、思い描いていたものとは全然違っていて……。

 どうして内緒にするの?
 6年前に何があったの?
 今までどうしていたの?

 あの日何も分からず突然取り残された私は、6年経って再会した今も、何も分からないままここにいる。



「それでどうするの?  明日、学校で彼に会ったら話しかけてみる? 」

 清香に聞かれて私は速攻で首を横に振った。

「無理むり!2人きりならまだしも、あんなに沢山の女の子に囲まれてるとこに近付けないよ。それに、入学早々これ以上注目されたくない」

「うん、凄かったもんね。掲示板の前で公開ハグ。 私、あんなのは少女漫画の世界でしかあり得ないと思ってた」
「そうね、私も見ててドキドキしたわ。さしずめ小夏がヒロインね」

「ちょっと2人とも、 他人事ひとごとだと思って盛り上がらないでよ! 」

 目立つのが苦手な私は、中学校でも地味に真面目に学校生活を過ごしてきた。
 たっくんといた時に何かと注目されねたまれた反動かも知れない。

 まさか、そのたっくんのせいで初日から注目を浴びる事になるとは思わなかったけれど……。

「小夏を怖がらせるつもりは無いけどさ、少女漫画のセオリーで行ったら、今度はあの取り巻きに目をつけられるパターンだよね」

「ちょっと千代美、小夏がビビっちゃうでしょ! 」

「いや、もう十分ビビってるから!そんな怖いこと言わないでよ! 」

 高校生活は始まったばかりなのに、目をつけられるとか、冗談じゃない。
 とにかく私の願いは、地味で平和な高校生活なのだ。


 だけどそんな願いも虚しく、私の『地味で平和な高校生活』は、早くも消え去ろうとしていた……。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...