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第2章 再会編
3、内緒にしておいてくれる?
しおりを挟むたっくんがいなくなったあの日……。
青い目の王子様があっけなく去り、魔法が解けた私は、『めでたし、めでたし』なんていうハッピーエンドは絵本の中だけなんだと悟って、夢見ることを諦めた。
学校の先生は『教師』と言う名の職業のただの人で、世話好きなご近所さんは、噂好きで無責任なだけ。
9歳にして世間の冷たさや狡さを嫌というほど学んだ私は、大人に期待も憧れもしない、ちょっと醒めた目で世間を見ている、可愛げのない子供になった。
そんな私にも、今ではありがたいことに心を開ける友達がいる。
長谷千代美と野田清香の2人は、空想癖があって人付き合いがあまり得意でない私を受け入れてくれる、中学時代からの貴重な親友だ。
私たちが通っていた中学はクラブ活動必須で、必ず何らかのクラブに所属しなくてはならなかった。
運動系が苦手な私は『読書クラブ』なるものに入ったのだけど、そこは『とりあえず所属しただけ』の幽霊部員の巣窟で、顔を出しているメンバーも殆どは漫画を読んだりゲームをしているだけという有様だった。
そんな中にあって真面目に小説を読んでいたのが千代美と清香と私の3人いで、騒々しい集団を避けて教室の片隅に固まっているうちに仲良くなった。
保育園や小学校の時は、友達になろうと寄ってきた子の大半がたっくん目当てだった。
最初はニコニコしながら近付いてきても、私が使えないと分かると、途端に苦い顔をして離れて行く。
そのあからさまで潔い態度にいっそ清々しながらも、私自身には彼女たちを惹きつけるものが無いのだと思い知らされ、幼いなりに傷ついたものだ。
その点、千代美と清香はたっくんに関係なく私を選んでくれた、正真正銘の親友だ。
この子はたっくん目当てだろうかと疑心暗鬼になることなく、自然に打ち解けることが出来たのは、たっくんと離れて唯一良かった点なのかも知れない。
*
「ええ~っ、ちょっと何その純愛ドラマ。泣けるんだけど~!」
今日は入学式のあと、各教室で教材を受け取って解散だったので、千代美と清香に頼んでそのまま家に来てもらった。
朝からいろいろ心配を掛けたので、 事情を説明したかったのだ。
そして私から幼馴染の『たっくん』との昔話を聞いた千代美は、ポケットからミニタオルを取り出して目頭を押さえている。
「それにしても、そんな偶然ってあるものなのね。横浜で離ればなれになった2人が転校先の名古屋で再会って……凄くロマンチック」
「もう、清香までそんな事を言う……。別にそんなドラマみたいでもロマンチックでも無いよ。むしろショックというか……」
そう、ショックなのだ。
たっくんにはもう二度と会うこともないだろうと半分諦めながらも、もしもの希望を捨てきれずにいた。
そして年を重ねるごとに想像していた。
今年のたっくんはどんな姿をしているんだろう。背はこれくらいになってるかな、手のひらの大きさはこれくらいかな、足のサイズは……。
だけど想像の中のたっくんはいつだってビー玉みたいに澄んだブルーの瞳にマロンブラウンのツヤツヤした髪で、何よりひまわりみたいな笑顔は絶対に変わることがなくて……。
どんな人混みの中でも、道ですれ違っただけでも、そこにいたら絶対に見つけることが出来る、そう思っていた。その自信があった。
ーーなのに私はたっくんだと気付くことが出来ず、おまけに逃げ出して……。
あんな形で再会するなんて思ってもみなかった。正直まだ戸惑っているし半信半疑だ。
ーーそれに……あの人はたっくんだけど、たっくんじゃないというか……。
入学式のあと、私を図書館に連れ込んだのは、間違いなくたっくんだった。
それはあの仕草と会話、そして右手の火傷の痕で確信している。
だけど、髪も目の色も違う。
それに、言葉では表現しにくいけれど、たっくんの雰囲気が昔とは全然違っていた。
そりゃあ成長すれば人は変わるものだと思う。
でも、それだけでは無い何か。
彼の醸し出す空気が、私の知っているたっくんを否定しているかのように感じて……。
もっと話したかったし、聞きたいこともあった。
だけど私は泣くことしか出来なくて、その後は教室に戻らなくてはいけなかった。
『またな』
教室の前で、そうたっくんは言ったけれど、私がたっくんに会ったことは母には内緒にしておいて欲しいと言われた。
『悪いけど、しばらく俺のことは早苗さんに内緒にしておいてくれる?』
もしも会えたら聞こうと思っていたこと、言いたいことが沢山あるはずだった。
なのにあんなに夢見ていたたっくんとの再会は戸惑いばかりで、思い描いていたものとは全然違っていて……。
どうして内緒にするの?
6年前に何があったの?
今までどうしていたの?
あの日何も分からず突然取り残された私は、6年経って再会した今も、何も分からないままここにいる。
「それでどうするの? 明日、学校で彼に会ったら話しかけてみる? 」
清香に聞かれて私は速攻で首を横に振った。
「無理むり!2人きりならまだしも、あんなに沢山の女の子に囲まれてるとこに近付けないよ。それに、入学早々これ以上注目されたくない」
「うん、凄かったもんね。掲示板の前で公開ハグ。 私、あんなのは少女漫画の世界でしかあり得ないと思ってた」
「そうね、私も見ててドキドキしたわ。さしずめ小夏がヒロインね」
「ちょっと2人とも、 他人事だと思って盛り上がらないでよ! 」
目立つのが苦手な私は、中学校でも地味に真面目に学校生活を過ごしてきた。
たっくんといた時に何かと注目され妬まれた反動かも知れない。
まさか、そのたっくんのせいで初日から注目を浴びる事になるとは思わなかったけれど……。
「小夏を怖がらせるつもりは無いけどさ、少女漫画のセオリーで行ったら、今度はあの取り巻きに目をつけられるパターンだよね」
「ちょっと千代美、小夏がビビっちゃうでしょ! 」
「いや、もう十分ビビってるから!そんな怖いこと言わないでよ! 」
高校生活は始まったばかりなのに、目をつけられるとか、冗談じゃない。
とにかく私の願いは、地味で平和な高校生活なのだ。
だけどそんな願いも虚しく、私の『地味で平和な高校生活』は、早くも消え去ろうとしていた……。
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