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第1章 幼馴染編
50、第1章ラスト 別離の日 / 俺のことを嫌いになる?
しおりを挟む「お母さん、たっくんは元気だった? まだ学校は休んでるんでしょ? 家に着いたら会いに行ってもいい? 」
家に帰るタクシーの中で、隣に座っている母に話し掛けたら、母はちょっと言い淀んでから、「ダメよ」と短く答えた。
「ええっ、なんで?! 退院したって伝えに行くだけならいいでしょ? 」
「小夏……今はタクシーの中だから、静かにしなさい。帰ったらお話しましょう」
そう言ったきり、母がふいっと目を逸らして反対側の窓を見始めたから、私はそれ以上話し掛けることが出来ずに黙り込んだ。
自分の足元を見ると、包帯を巻いた足が水色のサンダル型シューズを履いている。
昨夜たっくんが履いていたのとお揃いのボア付きだ。
母が今朝これを病室に持ってきた時、昨夜たっくんが履いていたのは母があげたものだと気付いた。
穂華さんがたっくんのために買ったんじゃなかったんだ……と、少し落胆している自分がいた。
タクシーが駐車場に着いてドアが開いた瞬間、私は料金を支払っている母を残して走り出した。
「あっ、こら、小夏! 」
久しぶりのアスファルトの地面は雪解け水でグチャグチャしていて、中途半端に硬かった。
パシャパシャと地面を蹴るたびに振動が伝わり、包帯に水が染み込んできて、足の裏に痛みと痒みを容赦なく与えてくる。
だけど、そんなことよりも、まずはたっくんに会いたい……。
ピンポーン
チャイムを鳴らしても応答が無い。
どこかに出掛けているのだろうか?
だけど、あの足で?
それに、今日は私が退院してくる日だと知っている。
たっくんなら首を長くして待っていてくれるはずだ。
甘い感覚の残る唇をそっと指でなぞりながら、目の前のドアを見つめた。
ピンポーン……ピンポーン……。
心配になって更にチャイムのボタンを押そうとしたところで、後ろから手が伸びてきて、母に止められた。
「小夏、もうやめなさい」
「えっ? だって…… 」
「何度押しても無駄よ。もうそこには誰もいないわ」
「……えっ」
ーーえっ?!
言葉の意味がよく分からなくて、一歩後ろに下がって、ゆっくりドアを見上げてみる。
ああ、なんだかすごく嫌だ。
今にも泣きだしそうな顔の母親も、冷たく閉まったままのドアも、『月島』の名前が消えた郵便ポストも……。
なんだろう、心臓がバクバクして、背筋が凍っていく。
唇をキュッと噛みながら、もう一度ボタンに指を伸ばしたら、
「小夏っ、やめなさいっ! そこにはもうたっくんはいないのっ! 」
手首を掴んできた母の手をバッと振り払って、ドアをドンドンと叩き、そこにいるはずの人の名を叫ぶ。
「たっくん! たっくん、小夏だよ! 帰ってきたよ! 」
「小夏っ! 」
後ろから思いっきり羽交い締めにされて、抱き寄せられる。
振りほどこうと暴れたら、勢い余って2人でザッとドアの前に倒れ込んだ。
「……痛っ」
コンクリートで擦れた母の右手の甲から、ジワリと血が滲んでくる。
「あっ……ごめん……お母さん、ごめんなさい! 」
お母さんに怪我をさせた……手から血が出ている。
たっくんがいない。たっくんがいなくなった……私を置いて。
いろんな事が頭の中でワッとごちゃ混ぜになって、整理できない感情が、胸の奥を激しく掻き乱す。
私はその場にへたり込んだまま、大きな声を上げてワーワーと泣き出した。
*
「これ……たっくんからの手紙よ」
母が目の前のテーブルに置いたのは、ノートのページを破って四つ折りにした紙。
手付かずで冷めきったミルクの入ったマグカップを横にどけると、私はその紙を手に取ってゆっくりと開き、折り皺をスッスッと右手で伸ばした。
ーー たっくんの……手紙……。
-------------------------------
小夏へ
小夏、退院おめでとう。
小夏、ごめんな。
ずっと一緒にいるって言ったのに、約束を守れなくて。
ウソをついたオレを、小夏は憎むかな? 嫌いになるかな?
嫌いになってもいいから、オレを忘れないでいて。
オレは小夏を忘れない。
ずっとずっと、大好きです。
今から小夏にお別れを言いに病院に行きます。
さようなら。
月島拓巳
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「えっ……これだけ? 」
他に何か無いかと裏返して見たけれど、裏には何も書かれてなかったし、2枚目も無かった。
ーー うそ……たったこれだけ?
いなくなる理由も新しい住所も、再び会う約束もない、10行ほどの短い文章。
これを母に託した後で、たっくんは私に会いに来たのだ。
『小夏、元気でな。気をつけて』
『小夏は俺と離れたら寂しい? 』
『小夏、ごめんな……。分かったよ、離れない。ずっと一緒にいてやるよ。お前が死んだら幽霊になって呪われそうだからな』
『小夏、笑顔を見せて……ほら……笑えよ』
『これ、もらってく』
『小夏、お前は俺のもんだからな!ずっと俺を呪ってろよ!』
どんな気持ちであの言葉を口にしていたんだろう。
『キスしてもいい? 』
あの口づけは、別れの挨拶のつもりだったんだろうか。
だけどね、たっくん。
私はサヨナラを言えなかったよ。
最後の言葉を何一つ伝えることが出来なかったよ。
知ってたら、あの時階段を駆け下りて泣いて縋ることも出来たのに……。
「ああ、だからか…… 」
だから私はお別れを言わせてもらえなかったんだ。
嘘をついて置いて行かれたんだ……。
「たっくんの嘘つき…… 」
悔しくて悲しくて情けなくて、もう声を上げる気力さえ失った私は、黙って肩を震わせて、ただダラダラと涙を流しながら、ひたすら空を見つめていた。
手紙に八つ当たりしてグシャッと握りしめたけれど、すぐに開いて手で撫でた。
それを見つめてまた泣いた。
『同じクラスになって、隣の席になったら楽しいだろうな』
そう言っていたたっくんは、週が明けても学校に来なくて、私は1人で4年生になった。
私は三つ編みの仕方を覚えて、泣かない子になった。
結局、私は死ななかったし幽霊にもならなかったけど、たっくんを心から憎んで恨んで、呪って呪って呪いまくってやった。
そしたらとうとう呪いは自分に跳ね返って、心の中がたっくんだらけになった。
あの日から私はずっと、たっくんの呪いにかかったままだ。
*・゜゚・*:.。..。.:*・。. .。.:*・・*:.。..。.・*:.。. .。.:*・゜゚・*
第1章『幼馴染編』終了です。
鬱々としたお話をここまで読んでいただきありがとうございました。
次回から『再会編』に突入します。
高校で再会した2人の恋と葛藤を見守っていただければ幸いです。
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