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第1章 幼馴染編
48、別離の日 / キスしてもいい?
しおりを挟む薄っすらと開けた視界の向こうにたっくんの顔が見えて、今度は思いっきり目を見開いた。
「たっくん! 」
そう叫ぶと同時にガバッと起き上がったら、たっくんに「シッ! 」と口を塞がれた。
黙ってうんうんと頷いたらたっくんが目を細めて手を離したので、そのままマジマジと顔を見つめる。
ーー ホンモノのたっくんだ……。
床頭台にある、母が置いていってくれた赤い目覚まし時計を振り返ると、針が午後8時42分を指していた。
面接終了時間を42分も過ぎている。
「たっくん……退院したのに……どうしたの? 」
またどこか調子が悪くなったのかと心配になって小声で聞いたら、たっくんは首を横に振って、
「うん……小夏に会いたくなった」
フワッと柔らかく微笑んだ。
「私に会いに来たの? ……退院したのに? 」
「うん…… 退院したのに」
「明日になったら会えるのに? 」
「うん……会えるのに」
「ふふっ、たっくん、寂しがりやさんだね」
「ハハッ……寂しがりやだな。ハハハッ」
顔を見合わせ、声を潜めてクスクス笑った。
「ここまでどうやって来たの? 足は痛くないの? 」
そっとたっくんの足に目をやると、包帯でグルグル巻きにされた足は、ワニのマークのサンダル型シューズを履いていた。
まだ真新しい紺色のシューズは、たぶん腫れた足に合わせて新しく買ったものなのだろう。
少し大きめの大人用サイズで、ボア付きとはいえ、雪の日に履くにはかなり寒そうに思えた。
「母さんにタクシーで連れて来てもらったんだ。 外で待たせてるから、もう行かなくちゃ」
「えっ、せっかく来たのに、もう行っちゃうの? 」
「……行っちゃったら寂しい? 」
「うん、寂しいよ」
たっくんは、「そうか…… 」と言ってベッドサイドに腰を下ろし、改めて私の顔を見つめてニコッと笑った。
「あともう少し……5分だけいようかな」
「10分! 」
「ハハッ……うん、あと10分だ」
「やった! 」
「こら、声が大きいよ! 」
「あっ……ごめん」
そこからは、私もたっくんの隣に並んで座って、2人で顔を近付けて、小声でお喋りをした。
「ねえ、足が治ったら、2人で滑り台に登ろうよ」
「滑り台に? 」
「うん。足が治った記念! 私ね、もうきっと怖くないと思うんだ。2人で登って、たっくんの瞳に映る青空を見たい」
「……うん、いいね。登ろう」
「あとはねぇ~、4年生で、同じクラスになれたらいいな」
「ああ、そうだな……同じクラスになって、隣の席になったら楽しいだろうな」
「三つ編みはどうする? うちに来てくれる? それとも学校で? 」
「……小夏が好きな方でいいや」
「ホント? 私が好きな方でいいの? ……じゃあ、 朝また家に来てくれる? 」
「……うん、いいよ」
「やった~! 」
私が大喜びしていると、たっくんは私の髪に触れて、 「なあ小夏、三つ編みしてもいい? 」と聞いて来た。
「えっ、三つ編み? 今から? 」
病院では三つ編みをする必要が無いから、髪は下ろして、食事の時に後ろで一つに結んでいただけだった。
「いいけど……ゴムが1つしか無いよ」
「ん……それでいいよ。貸して」
私が床頭台の引き出しから黒いヘアゴムを取り出して渡すと、たっくんは私に前を向かせて、後ろで髪を梳き始めた。
たっくんの細い指が髪を上から下に梳いて行く時、心地よい感覚が全身を流れてゾクゾクした。
たっくんは慣れた手つきで髪を左右に分け、いつものように左側から三つ編みを始める。
「残念、左側だけで終了だな」
あっという間に仕上げると、出来た左側だけの三つ編みをしばらく握って指で撫でていた。
「いいじゃん、今度また朝来た時にやってよ」
「…………うん、そうだな」
また横並びに座ってからも、たっくんは私の三つ編みを掴んで指で撫でていた。
「ふふっ、たっくんは本当に三つ編みが好きなんだね」
「本当に好き。大好き」
「……お前は? 小夏は、俺のこと好き? 」
急に聞かれて驚いたけれど、迷うこともなく、私はすぐに頷いた。
「うん、好きだよ。大好き」
「……じゃあ、キスしてもいい? 」
「えっ? 」
「キスしたい。小夏に」
今度は少しだけ迷ったけれど……迷ったって答えは同じだ。
「うん……いいよ」
私はたっくんの目を見つめてそう答えた。
一瞬だけ窓に目を向けたら、暗闇の中で白い粉雪がヒラヒラと舞っていた。
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