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第1章 幼馴染編
47、別離の日 / 明日、会えるよな?
しおりを挟むその翌日、一足先にたっくんが退院することになった。
体調に問題はなく、あとは足と額の処置が必要なだけだったので、家で薬を飲みながらの通院治療で大丈夫だと診断されたのだ。
風邪をこじらせていた私は、まだ抗生物質の点滴や吸入をしていて、今朝の血液検査の結果を見てから明日退院出来るかどうかを決定する事になっていたので、たっくんとは一緒に帰れなかった。
午後1時頃、病室に穂華さんがお迎えに来た。
こういうのを『憑き物が落ちた』と言うのだろうか。
2日前の夜に髪を振り乱し、夜叉のような形相でビール瓶を振り上げていたのが嘘のように、今は穏やかな、でも少し疲れたような表情をしていた。
昨日の刑事さんの質問に『穂華さんが好き』だと答えられなかった私は、なんとなく気まずくて、穂華さんの顔を見ることが出来なかった。
穂華さんもそれまでの振る舞いから気まずさを感じているのか、最後まで私の目を見て話すことは無かったけれど、私のこめかみのガーゼにそっと触れて、「女の子だから痕にならないといいけど…… 」とだけ、ポツリと呟いた。
「小夏、待ってるからな。早く退院してこいよ」
「うん……明日には私も帰れると思う」
「明日、会えるよな? 絶対な! 」
「うん。先生にお願いして絶対に帰る! 」
「この前は約束を破ったけど……今度は絶対だぞ、ほら」
たっくんが立てた小指に私の小指を絡ませると、たっくんも小指を曲げて、「指切りげんまんな」と、青い目を細めた。
穂華さんに車椅子を押されながらたっくんが病室を出ていくと、途端に2人部屋が広く感じられた。
すぐに窓際に寄って、曇りガラスを手で拭いてから下を見下ろす。
昨日からの快晴ですっかり溶けた雪は、今はもう跡形も無くなっていて、病院のロータリーのアスファルトも乾ききっている。
一昨日の夜、あんなに激しく降っていたように思えた雪は、実際には夜更け過ぎには止んで、大した積雪量にはならなかったらしい。
だけどきっと、私とたっくんの赤い血は、雪に覆われて見えなくなって、今は溶けた雪と共に流れて消えてしまったことだろう。
今夜はまた雪が降るらしい。
あの事件の記憶も恐怖も真っ白に覆われて、跡形もなく消えてしまえばいい……。
しばらくすると、玄関からたっくんの乗った車椅子が出てきて、停まっているタクシーの方に進んで行った。
たっくんが穂華さんに助けられながら車椅子から降りて、タクシーに乗り込んで行く。
私の視線に気付いたのか、タクシーに乗る直前に、たっくんが病院の窓を見上げた。
しばらく何かを探すように顔を動かし、5階の窓に私を見つけると、右手を伸ばして大きく手を振ってくる。
向こうからは眩しくてハッキリ見えないかも知れないけれど、私も精一杯の笑顔を作って手を振り返した。
タクシーが小さくなって曲がり角を曲がってしまうまでずっと見つめて、それから私はようやくベッドに戻った。
ーー 明日、 退院したら会える。
そう思うのだけど、たった1晩でもたっくんの顔を見れないと思うと、なんだか不安になった。
もうあの男はあのアパートにいないはずなのに、あの場所にたっくんを行かせるのが怖かった。
今でも私はアイツの影に囚われているのかも知れない。
たっくんはどうだろう。あの男がいたあの部屋に戻って、ちゃんと寝れるんだろうか……。
ーー とにかくもうアイツは来ない。きっともう大丈夫だよね。これからは元の生活に戻れるんだ……。
自分に言い聞かせるように「うん」と頷いて、その日はベッドの上で母が持ってきてくれた絵本を読んで過ごし、翌日の退院を心待ちにして眠った。
「…… 小夏、なあ、小夏、起きて」
肩を揺すられて目が覚めた。
まだ眠っていたい気持ちもあったけれど、呼んでいる声の主が誰か分かったから、重い瞼を無理矢理開けた。
そこには思った通り、たっくんの顔があった。
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