たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

第1章 幼馴染編

36、思い出せるだろ？

「小夏、 ほっぺに種たねがついてる」
「えっ、 どこ？ 」
「そっちじゃない……ほら」

　私の左頬から白いスイカの種を掴み取って見せながら、たっくんが白い歯を見せてニカッと笑った。
　途端に胸いっぱいにブワッと何とも言えない幸福感が広がって、私は齧かじりかけのスイカを持ったまま、ぼけ～っと彼の笑顔に見惚みとれる。

「そんなに見るなよ、食べにくい」
「うん……へへっ」

「ヘヘッ、じゃないよ。ほら、スイカの汁が垂れてるぞ」
「うん……ヘヘッ」

　うん、シアワセだ。めちゃくちゃ楽しい。

「ほら小夏、手を拭いて。 …… ほんと、小夏にはたっくんが何よりのお薬だったわね」

　そう言ってタオルを差し出した母も、今は心からホッとした表情をしている。

　たっくんが来るまでは、母にも祖母にも凄く反抗したし心配を掛けた。
　今では申し訳なさと感謝の気持ちで一杯だ。


　母に連れられて祖母の家に来たたっくんは、夏休み中、私と一緒にこの家で過ごすことになった。
　憔悴しょうすいしきった私を見かねた母が、どうにかしてたっくんと会わせてあげたいと動いてくれたのだ。

　母はアパートの駐車場で穂華さんを待ち伏せると、私の状況を説明し、『夏休みの間だけでいいから拓巳くんを貸してくれないか』と頭を下げて頼みこんだ。

　最初、穂華さんは速攻で拒否したらしい。
　だけど母は諦めなかった。

『拓巳くんのためにもあの男から引き離したほうがいい』
『あなただって分かっているんでしょ』
『拓巳くんを奪うつもりはない。 小夏の事を少しでも可哀想だと思うなら協力して欲しい』

　必死な母の説得に、穂花さんも最後は頷いてくれたのだという。

『穂華さんだって今の状況が良くない事は分かってるのよ。 だけどどうにも身動きが取れなくなってるんだわ』
　母がそんな風に祖母に話していた。



「小夏の彼氏さんはカッコいい子だねえ」

　祖母がニコニコしながらそう言うと、すかさずたっくんが優等生の笑顔で「ありがとうございます」と答える。

「彼氏っ？！ 」

　私が裏返った声を出したら、「えっ、彼氏じゃないの？ 彼氏でいいじゃん」と言われ、コクコク頷いた。

　夢みたいだ。


　夜になって、家の庭で花火をした。

「俺、花火を見たことはあるけど、こうやって家で花火をするのは初めてだ」

　最初はおっかなびっくりだったたっくんも、すぐに手持ち花火を気に入って、次々と火をつけては赤や黄色の閃光せんこうに目を輝かせていた。

「私ね、花火の中で線香花火が一番好きなんだ」

　2人でしゃがみこんで線香花火に火をつけると、チリチリと小さな火花が散って、やがてパチパチと光の線を振りまきながら、中心にオレンジの玉を作っていく。

　花火の灯あかりに照らされて、たっくんの顔にキレイな陰影が出来ている。
　たっくんのガラス玉のような瞳の中で、オレンジ色の光が揺らめいていた。

「キレイ…… 」

　花火もたっくんも、そしてたっくんの瞳に映った花火も…… 全部、泣きたくなるくらいキレイだ。

「ああ、キレイだな。 俺もこの線香花火が一番好きだな」

　私が言ってるのが花火のことだと思ったらしい。

「うん……本当にキレイ……ずっと見ていたい」

ーーずっとずっと、近くで見ていたいな……。


　最後の1本は、たっくんが私に持たせてくれた。

　大きくなっていくオレンジの玉は、花火の終わりが近いことを告げている。
　花火の終了とともに夢も醒さめてしまいそうで、切なくなってくる。

ーー 終わりたくないな……。

　そう思いながらボンヤリ花火の先を見つめていると、とうとうオレンジの玉がポトリと落ちた。

　……と思ったら、その玉は地面には落ちず、たっくんの陶器とうきのような白い手のひらでサッと受け止められた。

「…… 痛つっ！ 」
「たっくん！ 」

  異変に気付いた母が、すぐさまたっくんをキッチンに連れて行き、手を流水で洗った。

「冷たいだろうけど、ずっと握っててね」と言って氷を握らせる。


「全く…… 無茶にも程ほどがあるわよ。拓巳くん、どうして花火の下に手なんか出したの」

「………… 終わらせたくなくて…… 」
「えっ？ 」

「あの玉が地面に落ちたら終わっちゃうから……。本当に花火がキレイで楽しかったから、終わらせたくないって思ったんだ」


「だけど…… 終わっちゃった」

　たっくんはそう言って長い睫毛まつげを伏せた。


　その後たっくんの手のひらには水ぶくれが出来、治った後も、薄うっすらと茶色い痕あとが残った。

「いいんだよ、火傷の痕あとを見るたびに、小夏と花火をしたことを思い出せるだろ？ 」

　そう言ってたっくんは笑った。


　たっくんと過ごした４年目の夏。

　たっくんと過ごした最後の夏の思い出は、今も花火と火傷の記憶と共にある。