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第1章 幼馴染編
35、元気だった?
しおりを挟む個人面談の翌日に、たっくんから『余計なことを言うな』と釘を刺された。
たぶん小野先生がたっくんに何か言ったんだろう。よりによって穂華さんの前で。
これでもう、頼れる大人がいなくなった。
たっくんももう我が家には助けを求めてはこない。
ーー どうしよう、どうしよう……たっくんがアイツにやられちゃう!
その頃の私は、どうしたらたっくんを助けられるのか、その事しか頭になかったのだと思う。
食事をしていてもお風呂に入っていても落ち着かず、しまいにはたっくんのアパート側の壁に近づいて、隣室の気配に耳をすますようになっていた。
ある日、隣からまたアイツの怒鳴り声が聞こえて来たので、腹立ちまぎれに壁をドンッ!と思いっきり叩いた。
すると、しばらくの間、隣の部屋が静かになった。
あんな奴でも一応は世間体を気にするのか……。
それとも、児童相談所や警察への通報を恐れていたのかも知れない。
ーー 壁を叩けば静かになる。
静かになるということは、その間たっくんは怒鳴られたり叩かれたりしていないということになる。
実際には大声を上げないで何かをしていたかも知れないし、もしかしたら口を塞いでいただけなのかも知れない。
だけどその時の私はそこまで考えが及ばなかったから、壁を叩けば束の間でもたっくんを救えると思い込んでいた。
その日から、私は時間が許す限り壁のそばに座り込んで、隣から大きな音や怒鳴り声が聞こえるたびに、壁をドンドン叩くようになった。
いくら止めても壁から引き離してもやめようとしなかったから、母親も途方にくれたのだろう。
夏休みに入った途端、私は母方の祖母が住む名古屋の家に預けられてしまった。
母も1週間の休みを取って一緒にいたのだけど、そこでも私は何度も逃げようとして母と祖母を困らせた。
1人ではたっくんの元に戻れないと悟ってからは、縁側でゴロリと横になってひたすら空を見ていた。
この空をたっくんも見ているのだろうか……そう考えただけで、自然と涙が溢れてきた。
泣いても泣いてもまだ体に水分が残っているのが不思議でならない。
食欲も落ちて、体がだるくて、何もしたくなくなった。
病院で点滴をされて、ネズミーランドに行った時のたっくんを思い出して、また泣いた。
お母さんは分かっていない。医者と話したって何も変わりはしないのに。
私は頭がおかしくなった訳じゃないし、病気になったわけでもない。
私はただ、たっくんに会いたいだけなのに。
たっくんの笑顔が見たいだけなのに。
たっくんとまた昔みたいに一緒に公園に行ったり絵本を読んだりしたい。
私の願いはたったそれだけのことなんだ……。
祖母の家に行って2週間ほど経ったある日、母がやってきて、玄関から私を呼んだ。
知らんぷりして縁側で空を見上げていたら、後ろで人の気配がした。
「小夏」
その声を聞いた途端、私の身体はビクッと跳ね上がり、振り返るより先に、涙を流していた。
ギシッと音がして、声の主が私の隣にしゃがみ込む。
「小夏、元気だった? 」
人間の体は不思議だ。
泣いても泣いても涙が尽きない。
だけど今日のこの涙は嫌ではない。
きっとこの彼が優しく拭ってくれるだろうから。
「たっくん…… 」
ひまわりの笑顔と青い瞳が私を見つめていた。
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