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第1章 幼馴染編
34、なんか余計なこと言った?
しおりを挟むもうすぐ夏休みに入ろうという7月の中旬、小学校で個人面談が行われた。
これは午後からの授業を短縮して2日間に渡って行われるもので、生徒と親、担任の3人で15分の持ち時間を使って学校生活や成績について話をすることになっている。
私は1日目の早い時間だったので、学校が終わってからそのまま家には帰らず、母親が来るのを待って、一緒に教室に入った。
「小夏さんはクラスでは大人しいですが、真面目で授業態度も良いですし、これと言って問題も無いと思いますよ」
担任の小野真知子先生がニコニコしながらそう言うと、母は「そうですか」と安心した表情で頷いた。
「何か質問や相談事はありませんか? 」
と先生に言われても、母は特に聞きたいこともなく、15分の持ち時間を大幅に余らせて、面談は終了しようとしていた。
「それでは…… 」
「あの、先生! 」
先生と母が腰を浮かしかけたとき、それを遮るように私が声を発したので、2人とも怪訝な表情をして動きを止めた。
「先生…… 月島くんが……月島拓巳くんが家で虐待されています」
三者面談があると知った時から、言おうと決めていた。
だって、もう頼れそうな大人は先生しかいない。
他の人に聞かれずに先生とゆっくり話せるのは、この時しかないと思った。
「小夏! こんなところで何を言ってるの! 」
母が私を止めようとしたけれど、やめる気は無い。
「拓巳くんの家にいる男の人が、拓巳くんと拓巳くんのお母さんに怒鳴ったり叩いたりするんです。助けてください! 」
話してるうちに感情が高ぶってきて、声が震え、目が潤んでくる。
だけど私は机の上で両手の拳を握りしめて、必死の思いで訴えた。
「月島さんの件は…… 」
先生が、私ではなく母親に向かって話しだす。
「以前に児童相談所から連絡があったので、学校も把握しています。折原さんともお話させていただきましたよね? 」
「ええ、児童相談所の相談室で先生とお会いして」
知らなかった。
児童相談所に呼び出されたのはたっくんと穂華さんだけじゃなく、別で先生と母親も出向いて話をしていたのだ。
「あのね、小夏」
母が隣に座っている私を見て、哀れむような、申し訳なさそうな顔をして、ゆっくり口を開いた。
「お母さんね、前に小野先生と校長先生と児童相談所の人と拓巳くんのことを話し合った事があるのよ」
「……知らなかった」
「うん。大人の話だから、あなたには話さない方がいいと思ったの。でも、いい機会だから今話すわね……いくら周りがいろいろ言ってもね、拓巳くんが『何もされてない』って言う以上、どうしようもないの」
「……えっ? 」
「躾か虐待かの判断ってとても難しいの。体を見ても傷が無いし、食事を与えてないわけでもない。怒鳴り声は夫婦喧嘩だって言われて、穂華さんも本人も虐待を否定して……そうなると、もうどうしようもないのよ」
「だって、本が…… 」
「本もね、たまたまタバコの灰が落ちちゃっただけだって、穂華さんが」
呆然としている私に、小野先生が諭すような口調で言った。
「拓巳くんのことは先生も注意して見ておくから。今のところは怪我も無いようだし、本人も何も言ってこないから、様子を見ましょうね。また何かあったら先生に知らせてちょうだい」
話を打ち切るように立ち上がられて、それ以上はもう何も言えなかった。
いや、言っても無駄だと悟った。
先生は、たっくんが自分から『虐待されてます』と報告しに来るとでも思っているのだろうか。
いや、きっと報告されても困ると思っているんだろう。
帰りの車内で黙りこくっている私に、母が言った。
「お母さんだってね、拓巳くんをどうにかしてあげたいと思ってるのよ。だけどね、お母さんにとっては、小夏が一番大事なの。小夏に危ない目に遭って欲しくないのよ」
私だって分かっている。
みんなただ、大事なものを守りたいだけなんだ。
田中さんは自分の生活が大事だし、森下さんは絵里ちゃんが大事。
先生は自分の立場が大事だし、お母さんは私が大事。
みんな、大事なものを守りたいから、都合のいい時だけ鈍感になる。
本当のことを知っているくせに、気付かないフリしてやり過ごそうとする。
じゃあ、たっくんは?
たっくんは誰が大事にしてくれるの?
穂華さんはお母さんだけどたっくんを大事にしない。
彼女は自分が一番大事だから。
たっくんは母親にも大事にされないから、何をされても仕方がないの?
「私が守るよ…… 」
「えっ? なに、小夏? 」
「私はたっくんが大事だから、私が守るよ」
だって、児童相談所の人も、田中さんも森下さんも先生も、お母さんだって……大人は誰も助けてくれない。
窓の外を眺めながら私が呟いたら、母が運転しながら「いい加減にしなさい! 」と大声で怒鳴った。
アパートの駐車場に車を停めて振り向くと、
「もう関わっちゃダメ! お母さん、あなたか拓巳くんかだったらあなたの方を選ぶわよ! あなたに何かあったら、お母さん、生きていけないから! 」
そう言うと、ハンドルに顔を伏せて泣き出した。
私も車の窓からたっくんの部屋のドアを遠目に見つめながら泣いた。
お母さんが泣いたのが悲しかったのか、無力な自分が悲しかったのか、大事にされていないたっくんが悲しかったのか……自分でも分からなかった。
その2日後、朝の登校のとき、たっくんが表情を硬くして言った。
「お前、先生に何か余計なこと言った? 勝手なことするなよ」
たっくんの個人面談の翌日だった。
やっぱり大人は誰も助けてくれないんだ……と思った。
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