たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
上 下
33 / 237
第1章 幼馴染編

32、なんで俺の言うこと聞かねえの?

しおりを挟む

「小夏……こうやって小夏の髪の毛を三つ編みしに来るのは、今日で最後だ」

 穂華ほのかさんがうちに怒鳴り込んできた翌週の朝、たっくんが私の髪をブラシでかしながら、静かに言った。

「えっ、どうして? 」
「どうしてって……もうこの家には来ちゃいけないって言われてるから」

「あの男が言ったの? 」
「違うよ、お母さん。でも、俺もそうしたほうがいいって思うから…… 」

「嫌だよ! 」

 勢いよく振り返ったら、たっくんの左手に握られている髪のたばをグイッと引っ張る形になってちょっと痛かったけれど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

「たっくんがやってくれなきゃ髪の毛をおさげに出来ないよ! 穂華さんがダメって言ったって、そんなの無視すればいいじゃん! 毎朝来てよ! 」

 たっくんは振り返っている私の顔を後ろから両手で挟み込んでクイッと前を向かせると、髪の毛を真ん中で分けて、左側から三つ編みを始める。

「三つ編みは早苗さんの方が上手に出来るし、小夏も練習すれば自分で出来るようになるよ。とにかく俺は、もうここには来ないから…… 」

「嫌だ! 」

 今度は体ごと振り返って、たっくんにつかみかかった。

「私の髪を三つ編みさせてって言ったのはたっくんじゃん!  途中で放り出すなんて卑怯ひきょうだよ! 絶対にダメ! 」

「小夏……前を向いて。三つ編み出来ない」

「そんなのどうだっていいよ! 明日から出来ないんだったら、今日だってもういいじゃん! 私のことなんてもう放っておけばいいよ! 」

「小夏…… 」

 たっくんが目を伏せて、途方に暮れたような表情かおをした。
 ああ、泣きそうな顔だな……と思った。


 分かっている。私は今、ひどくたっくんを困らせている。

 たっくんは悪くない。
 彼はただ、母親に言われた事をそのまま私に伝えているだけだ。
 そもそも、彼が私の家に毎朝通って髪をう義務も責任もありはしない。

 だけど、今ここで私がたっくんの言うことにうなずいたら、たっくんと私の関係もプツリと切れてしまうような気がして、必死でしがみついていた。


「小夏、お願いだから分かって。小夏はもう俺のそばにいない方がいい」

「嫌っ! 絶対イヤ! 私はたっくんの家来けらいだって言ったもん! 絶対に離れないから! たっくんがやってくれないなら、もう三つ編みなんて一生しない! 死ぬまでやらない! 」

「ダメだよ、小夏はこの髪型が可愛かわいいんだ。一生しないなんて言うな…… 」

 たっくんが顔をクシャッとさせて、益々ますます泣きそうな顔になる。

 大好きなたっくんにこんな顔をさせているのが、あの男でも穂華さんでもなくて自分だと言うことが、ひどく悲しくて苦しくて、胸が痛んだ。
 だけど、私の髪に触れるこの手を離したら、もう終わりだという気がした。


「小夏、ワガママ言っちゃダメよ。拓巳たくみくんだって困ってるわ」
「お母さん! 」

「ほら、遅刻しちゃうでしょ。髪ならお母さんがやってあげるから…… 」
「嫌っ、触らないで! 」

「小夏! 」
「もういいよ! このままで行くから! 」

 私は髪を下ろしたまま、ランドセルを背負って外に出た。


 母は車に傷をつけられて以来、隣と関わる事をけるようになっていた。

 要はビビったんだと思う。

 誰がやったのかは分からない。
 ただの通行人のイタズラかも知れない。

 だけど母の脳裏には、紫煙しえんをくゆらせながら片手で車のボディにコインをすべらせる男の姿が浮かんでいたのだろう。


 週末になっても我が家に遊びに来ないたっくんと、呼びに行けと言わない母親。
 その両方に私は苛立いらだっていた。

 みんなあの男の言うことを聞くのか。
 あんな男に屈服くっぷくするのか。
 こんな風に1つずつあきらめていくのか。

 私も……何も出来ずに負けてしまうのか……。


 髪を下ろしたままで教室に入って行ったら、途端に空気がザワついた。
 みんなが珍しいものでも見るように遠くからジロジロ無遠慮に眺めてくるけれど、そんなのどうでもいい。
 黙って自分の席についた。

 唇をギュッとみ締めてうつむいていたら、後ろで「ごめん、ちょっとだけ変わって」と言う声がして、ガタンと立ち上がる音と、ギシッと座る音。

 その気配に背中をかたくしていたら、次の瞬間に、後ろから髪をでられてビクッとする。


「バカだな……お前は三つ編みが似合ってるって言っただろ?  家来のくせに、なんで俺の言うこと聞かねえの? 」

 言ってることとは裏腹に、その声音こわねも指先もとても優しくて、涙がこぼれそうになった。

 たっくんは慣れた手つきで髪を左右に分け、いつものように左側からんでいく。

「お前、そんなに俺に三つ編みして欲しいの? 」

 黙ってコクンと頷いた。

「お前、ホントに俺のこと好きなのな」

 コクコクと頷きながら、頬を拭う。

「しょ~がねえな、これからはココで髪をってやるからさ、それで許してよ」

「……うん」

「だからさ、髪を下ろしてるとこは、俺以外に見せるなよ。学校までは後ろで結んで来い。それくらいは自分で出来るだろ? 」

「……うん……う~っ…… 」

 机にポタポタと落ちるしずくを見つめながら、嬉しくて悲しくて、肩を震わせた。


 たっくん、ごめんね。

 ワガママを言ってごめんね。
 困らせてごめんね。
 三つ編みなんてしないなんて言ってごめんね。

 嘘だよ。
 私だって、三つ編みがいいんだよ。
 たっくんがしてくれる三つ編みがいいんだよ。

 だから、今日で最後だなんて、そんなこと、二度と言わないで……。


 それが当然のことのように長い髪をゆだねている私と、慣れた手つきで丁寧に編んでいくたっくん。

 その姿はまるで、お姫様と、彼女にかしず従者じゅうしゃのように見えていたことだろう。

 いや、あんな綺麗な男の子が従者だなんてあり得ない。
 私が彼の家来なのだから。


 だけどそのときの私は、まるで自分がたっくんの大切なお姫様になれたような気がして、ついさっきまでの怒りも吹き飛んで、この上ない幸福感で満たされていた。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...