23 / 237
第1章 幼馴染編
22、そんなに心配したの? (1)
しおりを挟む「よっしゃ、着いた! 」
「うん、着いたね! 」
私とたっくんが母に連れられて、家から高速を使って1時間程のネズミーランドに来たのは、クリスマスが目前に迫った12月の週末だった。
母が働いている会社がネズミーランドのスポンサーになっていて、その関係で特別優待券が手に入ったのだ。
母は生命保険の会社で保険外交員をしている。
いわゆる『生保レディ』というやつだ。
結婚後ずっと専業主婦だった母は、父が事故で死んだ時に生命保険の担当さんに親身になってもらったのが縁で、彼女と同じ営業所で働き始めた。
鶴ヶ丘に引っ越して来たのも、母の勤務先がこの街にあったからだ。
そういう訳で、母の仕事の恩恵にあずかって、生まれて初めて憧れのネズミーランドに来た私は、とにかく嬉しくてたまらなくて、変にテンションが高かった。
「小夏、こっちだ。ちゃんと前を見てないと迷子になるぞ」
キョロキョロと辺りを見回していたら、1人だけ違う方向に行きそうになってたらしい。
たっくんにグイッと手を引っ張られて、軌道修正させられた。
だけど、そう言うたっくんだって、十分浮れていると思う。
アーケードを眺める瞳がキラキラ輝いている。
「ほら、小夏、あのお店、見てみろよ」
そう言う表情がパアッと明るくて屈託がない。
ーー 私が大好きな、ヒマワリの笑顔。
この笑顔を見れたのは久しぶりな気がする。
2週間前に穂華さんと母が言い合いになってから、両家の間は何となく気まずくなっていた。
それまでは、私がたっくんの家で遊んでいたら、必要以上に構いはしないものの、ニコッとしながら何かしらは話しかけて来た穂華さんが、あれ以来、スッと目を逸らして何も言ってこない。
たっくんをお迎えついでに彼女が我が家に上がってお茶していくこともなくなったし、母も上がっていけとは言わない。
というか、ここ数日はお迎えにも来ないから、子供だけで勝手に行き来している状態だ。
それでも私とたっくんが遊ぶことも、今まで通りお互いの家でご飯を食べたりすることも禁止はしてこないから、2人とも付き合いをやめるつもりは無いのだ。
だって私たちが保育園に通っていた頃から、協力しあって仲良くやって来ていた。
母と穂華さんは、姉妹のようになんでも話していた。
たぶん本心では母も穂華さんも、また以前のような関係に戻りたいと思っているに決まってる。
その証拠に、母が出勤前の穂華さんをつかまえて、「たっくんを小夏と一緒にネズミーランドに連れて行ってもいいかしら?」と優待券を見せた時に、穂華さんは笑顔は見せなかったものの、「よろしくお願いします」とだけ言って、反対はしなかった。
そのまま日程やお金について少し立ち話してから別れたけれど、母もこれを仲直りのきっかけにしたいんじゃないだろうか……。
土曜日のネズミーランドは想像以上に混んでいて、小さい私たちは、油断するとすぐに人混みに攫われてしまいそうになる。
そうなるたびにたっくんは、握る手に力を込めて、必死に私を引き寄せてくれた。
「さあ、何から乗ろうかしらね」
母が広げた地図をたっくんと一緒に覗き込むけれど、情報量が多過ぎて何が何やら分からない。
「キャラクタータウンに行くといいって友達が言ってたよ」
たっくんが地図の一画を指差して言う。
さすが人気者のたっくんは、学校で経験者からの情報収集を完了済みだった。
だからなのか。
私は誰にも言ってないのに、何人かの女子から『月島くんとネズミーランドに行くの? いいなぁ~』と羨ましがられて、何人かの女子からはギロッと睨まれた。
『キャラクタータウン』は文字通りネズミーランドのキャラクター達が住んでいる街というコンセプトのエリアで、小さい子向けのアトラクションが充実していて、キャラクターの家で一緒に写真を撮ることも出来るという。
子供向けの乗り物に乗ってから、 キャラクターとの写真撮影に向かう。
ネズミーの彼女と写真を撮れたのは嬉しかったけれど、そのために1時間以上も並ぶのはさすがに疲れた。
ベンチに座って一休みしていると、たっくんがトイレに行くと言うので、私もついでに済ませておくことにした。
母と私がトイレから出て待っていると、なかなかたっくんが出てこない。
それから更に10分以上待ったけれど、やっぱりたっくんが姿を見せないので、さすがに心配になって来る。
男子トイレに入っていくことは出来ないので、母が出てきた男性をつかまえて、中にいる青い目の男の子の様子を見てきて欲しいと頼んだ。
数分して出てきた男性は、 中にそんな子はいなかったと言う。
「個室はどうですか? 栗色の髪をした、8歳の男の子なんです」
「いや、本当に。個室もノックして確認したけど、子供じゃなかった」
その男性は、『誘拐の可能性もあるからすぐに係の人をつかまえて知らせたほうがいい』と言った。
ーー 誘拐?!
その言葉に私は背筋がスッと冷え込んで、心臓がバクバクし始めた。
それは母も同じだったようで、右手で口元を押さえると、すぐに男子トイレに駆け込んで行った。
「たっくん! たっくん、いないの?! 」
急な乱入者にどよめく男子トイレで、母は個室のドアを一心不乱に叩きまくって行く。
そしてそこにたっくんの姿がないと確信すると、ダッと走り出した。
グイッと手を引っ張られた私は付いて行くのに必死だったし腕が痛かったけれど、それよりもたっくんが急に消えたという事実の方がショックで、それどころでは無かった。
母が若い女性のキャストをつかまえて事情を説明すると、彼女はこういうことに慣れているのか、すぐに「こちらに来て下さい」と歩き出した。
すぐにパーク内に迷子のアナウンスが流れ出す。
「迷子のご案内をさせていただきます。栗色の髪に青い目の男の子…… 」
それを耳にした途端、たっくんがいないという事を実感して、また背中が震えた。
キャストのお姉さんに案内されたのは、パーク出入り口のゲート横にある小さなブースだった。
縦長の狭いその部屋には小窓があって、そこからゲートの出入り口が見えるようになっている。
「いいですか、今開いてるゲートはこの1ヶ所だけです。もしも拓巳くんが誘拐されていたとしたら、犯人は必ずここから出て行きます。 拓巳君が履いていた靴を覚えていますか? 色とか種類とか」
母は目線を上にして必死に思い出そうとしたようだけど、動転していたのか最初から覚えていなかったのか、言葉が出てこなかった。
だけど私は覚えている。
たっくんがいつも履いているお気に入りの靴。
忘れるはずがない。
私は大声で叫んだ。
たっくんが戻ってくるよう祈って、声を振り絞った。
「青色! たっくんが好きな青色! 」
0
お気に入りに追加
262
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる