たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
上 下
21 / 237
第1章 幼馴染編

20、アイツ、どう思う?

しおりを挟む

 穂華ほのかさんに新しい彼氏が出来た。

 新しいと言っても、穂華さんの彼氏はコロコロ変わっていたのでそんなに珍しいことでは無かったのだけど、今回はそれまでとはちょっと違っていた。

 まず、急な外泊が増えた。

 今までにも週末に彼氏と外泊することはあったけれど、月に1度か2度くらいで、大抵は金曜日か土曜日の仕事の後でそのまま1泊して、翌日の夜には帰ってきていた。

 それが、金曜日から2泊することが増えて、時には月曜日になっても家に帰らず、出勤間際まぎわの時間になってようやく帰って来たと思ったら、服だけ着替えてとっとと仕事に出掛けてしまう……ということもあった。

 しかも、1泊だけだと言っておきながら、『今日は帰れません、拓巳たくみをお願いします』の一言だけをショートメールで送ってきて、何時に帰って来るかも理由も知らせてこない。

 次に、彼氏を家に入れるようになった。

 入れると言っても、私たちが学校から帰ってきた時に入れ違いでアパートの玄関から出て来るのを何度か見ただけで、実際に部屋で遭遇そうぐうしたことはない。
 でも、それまでの彼氏は駐車場まで送ってもらう事はあっても家に上げたことが無かったから、やはりこれは異例いれい中の異例だった。


 こうなると流石さすがに母も見過ごすことが出来ないと思ったのか、土曜日の午後、穂華さんを家に呼び出して、話をすることにした。

 街のショーウィンドウにクリスマスの飾り付けが目立ちだした12月あたま。
 私が7歳、たっくんが8歳の、小2の冬だった。



「しばらく公園で遊んでらっしゃい」

 母にそう言われたたっくんと私は、2人でアパートの前の公園に行って、砂場で山崩やまくずしを始めた。
 拾ってきた木の枝を砂山のてっぺんに刺して、両側から砂を少しずつすくい取っていく。

 私は母と穂華さんが玄関で対峙たいじした時のピリッとした空気を思い出し、2人がどんな話をしているかと考えると、全く遊びに集中できなかった。
 それはたっくんも同じようで、乱暴に砂を削っては、すぐに棒を倒してしまう。

 無言のまま何度かその遊びを繰り返して、またしても棒を倒してしまったところで、たっくんが手を止めて私を見た。

「小夏はさ……アイツ、どう思う? 」
「アイツ? 」

 一応聞き返してはみたけれど、たっくんの言う『アイツ』が誰を指しているのかは分かっている。

「私は……ちょっと怖い」

 穂華さんが『りょうちゃん』と呼んでいるその人は、背の高いひょろっとした、目つきのするどい男の人だった。

 片手をポケットに突っ込んだまま、駐車場にめた車にもたれて猫背ねこぜ煙草たばこを吸っている姿を何度か見かけたことがある。
  そんな時は、肩まで無造作むぞうさに伸びた髪がひたいにかかって、青白い顔を余計に不健康そうに見せていた。

 穂華さんがアパートから出て来ると、吸いかけの煙草を足元に落として、茶色いブーツのつま先でグリグリ踏み消す。
 車から体を起こし、運転席のドアを開けようとした時に、公園や学校から帰って来て立ち止まっている私たちと目が合う。

 すると、わざわざ穂華さんの方まで歩いて行って腰に手を回し、耳元に口を近づけて、何事か小声でささやいてみせる。

 クックッとおさえた笑いをのどからこぼしながら助手席のドアを開け、ウットリと満足げな穂華さんに微笑みかけてからドアを閉めると、私たちの方を見てニヤッと笑い、そのまま運転席に乗り込む。

 わざとらしいその行動が、右の口角だけ少しゆがめたその笑顔が、私はとても不気味で怖かった。

 踏みつけられて地面に取り残されたタバコの吸い殻が、まるで私たちの心を表しているみたいだった。



「俺もアイツ……なんかいやだ。アイツと会うようになってから、お母さんが変わった気がする」
「……うん」

「今までもお母さんには彼氏がいたし、駐車場で見かけたこともあったけどさ、アイツは今までの奴らとなんか違う気がする。なんか気味が悪い」
「うん……私もそう思う」

 直接話したことは無いし、ちょっと視線を交わしただけなのに…… 。
 あの目つきを、あの表情を思い浮かべると、胸の奥がザワッとして、なんとも言えない不快な感情が心をめてくるのだ。


「…… 戻ろうか」
「えっ? 」

「アパートに戻ろう。お母さんたちが何を話してるのか気になる」
「えっ、ダメだよ。大事な大人の話をするから、
公園に行ってらっしゃいって、 お母さんが…… 」

「それじゃあ小夏は残ればいい。俺だけで行ってくるから」

 たっくんはサッと立ち上がると、両手をパンパンとはたいて砂を落とし、思いつめたような視線を投げてから歩き出した。

「まっ……待って! 私も行く! 」

 振り向きもせずスタスタとアパートの方へと歩いて行くたっくんの背中がなんだか怒っているようで、私は必死でそのあとを追いかけた。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...