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第1章 幼馴染編
18、なに勝手なことしてんの? (3)
しおりを挟む植え込みの陰から突然飛び出してきた少年に、向こうは度肝を抜かれたらしい。
「うわっ! 」
という声がして、その後に続いて
「なんだよ、コイツ! 」
驚いたような苛立ったような怒鳴り声が聞こえてきた。
ーー 私も行かなきゃ!
そう思って立ち上がろうとしたけれど、腰が抜けたのか、足がフニャッとなって力が入らない。
地面に手をついて必死に動かしていたら、指先に懐中電灯が触れた。
それを握りしめて、這いつくばるようにして園庭に出て行くと、地面にスタンド式の大きな懐中電灯が置かれていて、煌々と照らされた先には、何かで捻り切られたのか、一部だけ破れているうさぎ小屋の金網と、その前で揉み合っている2人の姿があった。
たっくんが必死にしがみついていたのは、スエットの上下にスニーカーを履いた男の人。
全身黒づくめなのが見るからに怪しい。
「このガキ、離せよっ! 」
絶対に逃すまいと腕にしがみついているたっくんを振りほどこうと、男が右手を振り上げた。
ーー たっくんがやられちゃう!
男の右手にペンチが握られているのを見て、咄嗟に口と身体が動いていた。
「ダメ! やめてっ! 」
地面にしゃがみ込んだままでそう叫びながら、両手で懐中電灯を持ち、男へと向ける。
男はいきなり顔を照らし出されてギョッとして動きを止めたけど、私が小さい子供だと分かると、今度は怒りで目を吊り上げて、こちらに一歩足を踏み出してきた。
「バカっ! 小夏、逃げろ! 」
たっくんが私に気を取られて手を緩めた隙に、男がたっくんのお腹を蹴り上げるのが見えた。
「たっくん! 」
その瞬間、私は泣き叫びながら男に向かって突進していた。
怖いとか危ないとか、そんなことは全部まとめて何処かに吹っ飛んでいた。
ーーたっくんを助けなきゃ……私がたっくんを守らなきゃ……。
その時の私は、ただそれだけしか考えていなかったと思う。
そこからはあまり記憶が無いのだけど、どうやら私は頭をバシバシ叩かれながらも男の脚にしがみついて、「誰か~! 」とか「助けて! 」とかひたすら大声で叫び続けていたらしい。
幸いにもその声を聞きつけた近所の住人が110番通報してくれて、保育園からの要請でちょうど近所を巡回していたパトカーが到着して、男を捕らえた。
その時も私は号泣しながら両手を振り回して、男に殴りかかろうとしていたそうだ。
生まれて初めてのパトカーに乗って病院に行ったたっくんと私は、警察からの電話で待ち構えていた母に思いっきり抱き締められて、思いっきり泣かれた。
私は母の泣き顔を見た途端、気が緩んだと同時に今更ながら恐怖心が蘇ってきて、鼻水を垂らしながらウワーンとみっともなく大声を出して泣いた。
薄っすら目を開けたら、母のもう片方の腕に抱きすくめられたたっくんも、涙で濡れた頬を、何度も手で拭っていた。
たっくんが私の顔を見て、「守れなくてごめん」と言いながら、はらりと涙を零した。
私がたっくんの涙を見たのは、その時が初めてだった。
たっくん、違うんだよ。
私はたっくんが一緒に来てくれて嬉しかったんだよ。
私が悪いんだよ、たっくんは私のワガママに付き合って、そして一生懸命に守ろうとしてくれたんだよ、戦ってくれたんだよ。
家来の私が臆病でごめんね、たっくんを守れなくてごめんね……。
言葉にしようと口をパクパク動かしたけれど、胸の奥から込み上げてきた言葉は喉のところで引っかかって、ヒックヒックとしゃくり上げるばかりで、とうとうたっくんに伝えることが出来なかった。
そんな私を見ながら、たっくんが綺麗な顔をクシャッと歪めて、唇を震わせながら、私の頭に手を伸ばしてきた。
「ごめん……小夏、ごめんな…… 」
青いガラス玉のような瞳から、透明な涙の粒が、ポツリと零れ落ちる。
彼がゆっくりと瞬きをしたら、濡れた睫毛がキラキラ光って見えた。
頭を優しく撫でる、その手の心地よさに身をゆだねていると、徐々に瞼が重くなっていく。
ーー ああ、 やっぱり綺麗だな……。
今はそんな場合じゃないはずなのに、私はぼんやりとたっくんに見惚れながら、いつしかそのまま夢の世界へと落ちていったのだった。
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