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第1章 幼馴染編
17、なに勝手なことしてんの?(2)
しおりを挟むーーたっくん!
予期せぬたっくんの出現に驚いて声を出しそうになったけれど、たっくんが口元でシッと人差し指を立てたのを見て、グッと思いとどまった。
「(こっち…… ) 」
たっくんに手を引かれ、黙ってついて行くと、たっくんはゆっくり玄関を出て、隣の自分のアパートへと入って行く。
人気のない玄関の灯りをつけて、ようやく大きく深呼吸する。
「たっくん……どうして…… 」
「どうしてって、こっちのセリフだよ! なに勝手なことしてんの? どこに行こうとしてたの? ミルクのとこ? 保育園? どっち?! 」
「保育園…… 」
「そうだと思った。小夏のことだから、ココアたちが心配になったんだろ」
私がコクリと頷くと、たっくんはハア~ッと呆れたように溜息をつき、「俺も一緒に行ってやる」と言った。
「えっ、たっくんも来てくれるの? いいの? 」
「仕方ないじゃん。放っといたらお前は勝手に行っちゃうだろうし、こんな夜に1人だけで行かせるわけにいかないし……俺だって2匹のことが心配だしな」
そう言いながらたっくんは自分の部屋でパジャマから着替えてきて、私には紺色の半袖パーカーを貸してくれた。
私はそれをパジャマの上から羽織ると、懐中電灯を持ったたっくんと手を繋いで、片道10分の保育園へと向かった。
時計の針は夜中の1時を過ぎていた。
細い道を右側に曲がって24時間営業のコンビニを過ぎると途端に薄暗くなって、道端の街灯がぼんやり周囲を照らしていた。
通い慣れているはずの道なのに、夜中の道路はひっそりとしていて不気味で、木の葉の揺れる音や、姿の見えない虫の羽音が聞こえるたびにビクッと肩が震える。
だけどさっきまでは、無謀にもたった1人で飛び出そうとしていたのだ。
怖くないといえば嘘になるけれど、たっくんの手を握っていれば大丈夫だと思えた。
鶴ヶ丘保育園の入り口は、鉄製の立派な門扉があって、暗証番号を押さなければ開かないようになっている。
そこから2方向に伸びているコンクリート塀は高くて頑丈で、一見すると鉄壁の守りのように見えるけれど、実は簡単な抜け道があることを、園の関係者ならみんな知っていた。
保育園の敷地を囲むコンクリート塀があるのは門から続く2面だけで、裏側の2面は、大人の胸の辺りまでの高さの金網になっているのだ。
だからたっくんと私は当然のように裏側に回って、まずはたっくんが先に金網に足を掛けてまたいで、次いで私がたっくんに腕を引っ張られながら、ヨイショと金網を乗り越えた。
保育園の周囲にはいくつか防犯灯が灯っていたけれど、園庭の方は真っ暗で、いつオバケが出てきてもおかしくない雰囲気だ。
私はたっくんの背中に隠れるようにして、 洋服をギュッと掴んで足元ばかりを見ていた。
たっくんが立ち止まったので顔を上げると、懐中電灯で照らされた先に、うさぎ小屋があった。
懐かしさでホッとして、たっくんと並んで歩いていくと、小屋の扉に 暗証番号付きの南京錠が取り付けられているのが見えた。
ちゃんと防犯対策がされていることに安堵しながら小屋を覗いたら、隅の方で丸っこくなってくっついている2匹がいた。
耳をピクピクさせているので、突然の来訪者に警戒しているのだろう。
「ココア、チョコ、驚かせてごめんね。元気にしてた? ミルクがいなくて寂しい? 」
久しぶりに会えたのが嬉しくて、ついつい声が大きくなった。
「シッ! 小夏、声がデカい。2匹が元気なのを見れて安心しただろ? 早苗さんが起きる前に急いで帰ろう」
「…… うん」
2匹は元気だったし、扉には南京錠もついていた。これでもう大丈夫だ。
ーーミルクだってきっともうすぐ帰ってくるよね……。
そう思いながら立ち上がったら、どこからかキコキコと自転車を漕ぐような音が聞こえてきて、心臓がドキンと跳ねた。
「(たっくん……誰か来る! ) 」
「(小夏、こっちだ…… ) 」
うさぎ小屋から少し離れた斜め横にある植え込みに駆け込むと、その後ろに身を潜め、耳を澄ませる。
もしかしたら、おまわりさんが見廻りに来ているのかも知れない。
見つかったら叱られる。
夜の静寂のなか、自転車の音は徐々に近づいてきて、キッと止まった。
ガチャンとスタンドを立てる音。
思いのほか近い。
続いてガシャンという音、そしてストンと地面に降りる足音。
それはさっき私とたっくんが金網を越えた時の音と同じで……。
ーー 誰かが園庭に入ってきた!
私はヒッと腰を抜かしそうになり、たっくんの背中にしがみついた。
一瞬で全身が金縛りにあったみたいに固まり、だけど手足だけは異様に震えだす。
植え込みの隙間からチラチラと射し込む懐中電灯の灯り。
足音は光とともに近づいてきて、どこかで止まったと思ったら、急にガシャンと音がした。
ーー うさぎ小屋!
足音の主は、うさぎ小屋の南京錠に気付いたようで、2度3度と扉を揺らしたあとで、諦めたように去って行った。
遠ざかる足音を聞いて、地面にペタリとお尻をついた。
ハア……と息を吐いて、たっくんにしがみついていた手を緩める。
「(ビックリしたね) 」
「(シッ! だまって!) 」
「(……えっ? ) 」
たっくんに鋭い声音で言われて口をつぐむと、耳に届いてきたのは、さっき聞いた、ガシャン! ストッという金網を越える音。
そして再び近づいてくる足音。
ーー うそっ! 戻ってきた!
懐中電灯の灯りがまたチラチラと辺りを照らす。
ガチャッ、ガチャン……ガシャッ
音だけでは何をしているかが分からない。
だけど、小屋の辺りで何かをしていることだけは分かる。
恐怖で動けずにいる私と違って、たっくんは勇敢だった。
地面に手をつくと四つん這いになって、植え込みの陰から少しだけ顔を出して、向こうを覗き込んだ……と同時に、
「何してんだよっ! 」
大声を出したと思ったら、すぐに植え込みの陰から飛び出して、もの凄い勢いでうさぎ小屋に向かって駆け出して行った。
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