たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

第1章 幼馴染編

13、俺を信じてくれる？（3）

　恐る恐る顔を上げると、そこにはいつもとは全く違う顔をした公園があった。
　さっき座っていたブランコを、見上げていたジャングルジムを、今はこうして見下ろしている。

　踊り場の柵さくに掴つかまってスーッと大きく深呼吸したら、気のせいか、緑の香りもいつもより濃く感じられる気がする。

　さっきまであんなに怖がっていたのに…… 。

　恐ろしい時間が永遠に続くんじゃないかと泣いていた私は、今はそれ以上の興奮と喜びで胸がいっぱいで、いつのまにか恐怖心が打ち消されていた。

　まだ緊張しているけれど、自分の両足でしっかり立ち、ちゃんと目を開けて遠くを眺めることが出来ている。

　心臓がドキドキしている。
　だけどこれは怖いからじゃない、ただただ感動しているんだ。


「たっくん、凄いね。遠くが見えるね！ 」
「小夏、頑張ったな」

「たっくん、ありがとう！ 本当に本当にありがとう！ 」

　私が勢い良くたっくんの手を握ったら、たっくんは「痛いてっ！ 」と思いっきり顔をしかめて手を引っ込めた。

ーーえっ？

　見ると、彼の手の平にはマメが出来、皮が破れてベロンとめくれている。ずっと力を入れていたせいで、指先まで真っ赤だ。
　足の裏を見ると、そちらも手の平と似たような状態になっていた。

ーー 私のせいで……。

「たっくん…… ごめんね。 私のために無理させちゃってごめんね」

　感動と申し訳なさと感謝と嬉しさ。
いろんな気持ちが交互に込み上げてきて、最後は感情の波となって一気に押し寄せる。

　全てが溢あふれ出て涙をポロポロこぼす私を尻目しりめに、何故なぜかたっくんは嬉うれしそうに二カッと歯を見せた。


「小夏……この景色が見れて良かった？ 嬉しいか？」
「うん、嬉しい……でも……」

「そっか……小夏は嬉しいのか……」

　たっくんは目を細めて遠くの景色を見て……それから空を見上げると、ハハッと満足げに大きな口を開けて笑い出す。

「ハハッ、小夏、見たか？！ 俺、やったぞ！お前に俺と同じ景色を見せてやったぞ！ どうだ、凄すごいだろ！」

　弾けるような笑顔から目が離せずに、その横顔をじっと見つめる。
　嬉しくて切なくて、胸が震えだす。

「グスッ……うん……。たっくんは凄い」

「ほら、小夏、お前、俺の家来けらいになって良かっただろ？  いいな、これからもお前は俺のもんだぞ！ 」

「うん……グスッ……うん……うん 」

「ハハッ、やったーー！」

　満足げで、誇らしげで、自信に溢あふれたその笑顔は、突き抜けるような青い空にも負けないくらい明るくて眩まぶしくて……。


　その瞬間に、私は恋に落ちたのだと思う。


　ううん、きっと初めて会った時から、私は彼に惹ひかれていたんだろう。

　だけど今あるのは、憧あこがれとか好意こういとは似にて非ひなる感情。

　この人のそばにいたい、この人のために何かをしてあげたい、何でもしてあげたい……。
　心の奥底からどんどん湧き上がってくる『愛しい』という想い。


　大人たちはきっとこの恋を、シャボン玉のようにフワフワ膨らんで一瞬で弾けて消える、幼い頃の淡く 儚はかない思い出だと笑うだろう。

  だけど、まだ6歳になったばかりの幼かった私は、それでもあの時、もうすぐ7歳になる月島拓巳という男の子に真剣に恋をした。
　恋することを知ったのだ。


「たっくん…… たっくんの目は、ビー玉みたいだね」
「えっ？ 前にも言ってただろ、それ」

「うん……。今見ている空と同じ色をした、青くて綺麗なビー玉なの。たっくんの中に空があるんだよ」
「ハハッ、なんかそれ、カッコいいな」

「うん、カッコいいんだよ。それでね、たっくんの髪は、お日様にあたると金色に光るんだよ。たっくんが笑うと ヒマワリみたいなんだよ」

「へえ～っ、空とヒマワリか。カッコいいじゃん、気に入った。そんじゃ小夏が太陽な」

「えっ、太陽？ どうして？ 私の髪はオレンジ色じゃないよ」
「ヘヘッ……いいんだよ」


　そよ風が優しく頬ほほを撫なでて、再びたっくんの髪を揺らす。

　より太陽に近い場所で、彼の全てが眩まぶしくチカチカ輝いていた。

　あの時のたっくんの笑顔を、私は一生忘れない。