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第1章 幼馴染編
12、俺を信じてくれる? (2)
しおりを挟む「ほら小夏、掴まれ」
私はたっくんが途中まで下りてきて差し出した手を右手で握り、左手で目の前のパイプをギュッと掴むと、右足をジャングルジムの1段目に乗せた。
そのまま勢いをつけて左足も乗せると、予想に反してそれほど怖さを感じなかったので、若干拍子抜けした。
コレは上まで行けるかもと胸を躍らせ2段目に足を掛けたけど、油断したのがいけなかったのだろう。
パイプを掴む手の位置が低かったようで、バランスを崩して後ろに体が傾いた。
「「 あっ! 」」
そのまま手が離れて後ろ向きに落ちた。
幸いにもまだ2段目に足を掛けたところだったから、軽く尻餅をついただけだったけど、それがトドメになった。
あっという間に恐怖心が蘇ってきて、ジャングルジムどころか、しばらく立つことも出来ず、そのまま地面に座り込んでしまった。
「小夏、ごめん…… 」
たっくんが目の前にしゃがみ込んで、顔の前で両手を合わせた。
「…… ううん、私がドンくさいから……手伝ってくれたのに、ごめんね」
「お前は悪くない。俺が…… 」
そこまで言ってから、たっくんは言葉を切って、しばらく何ごとか考え込んだ。
「よし、小夏、こっちだ」
「えっ?」
たっくんは私の手を引いて立ち上がらせると、そのままジャングルジムの向こう側へと歩き出す。
そちら側にあるのは昔ながらのステンレス製の滑り台。
階段部分が赤色、踊り場が青色に塗られているのだが、あちこちペンキがハゲて錆び付いている年代物だ。
たっくんはしばらくの間、ジッと滑り台を見上げていたけれど、黙ってウンと頷くと、私の目の前に背中を向けてしゃがみ込んだ。
「小夏、俺の背中に乗れ」
「えっ? 」
「俺が背負って上まで連れてってやる」
「ええっ?! 」
「お前は下が見えるとダメって言っただろ? だったら階段じゃなくて、 こっち側から登るんだよ」
そう言われて改めて滑り台を見ると、ステンレスの滑り面がギラギラ光っていて、なんだかとても不気味に思えた。
「嫌だ、怖い! 絶対にイヤ! 」
「小夏、お前、悔しかったんだろ? 仲間はずれはイヤだろ? 俺だってそんなのイヤなんだよ」
「でも、こんなの登れないよ! 落ちちゃうよ! 」
たっくんはしゃがんだ姿勢のまま顔だけこちらに向けて、真っ直ぐ私の目を見つめてくる。
「小夏、俺は絶対にお前を落とさない」
「…………。 」
「死んでも絶対に登りきる。約束する。だから…… 俺を信じてくれる? 」
それでも怖いものは怖いし、信じようが信じまいが、イヤなものはイヤだ。
だけど……今ここでこれ以上イヤだと言ったら、たっくんが傷つくだろうと思った。
怖いのも落ちるのもイヤだけど、それ以上に、たっくんの悲しむ顔を見たくないという気持ちの方が強かった。
だから私は、信じてないまま、それでもコクリと頷いた。
「よし、小夏、乗れ!」
「はい」
たっくんは私を背負って滑り台の前に立つと、
「しっかり掴まってろよ」
そう言って、滑り面の両サイドに手を掛けて、ゆっくり足を踏み出した。
いきなりズルッと靴底が滑って体が傾く。
「ちょっと待って」
たっくんは私を一旦下ろすと、スニーカーと靴下を脱いで裸足になってから、もう一度私を背負いなおした。
「行くぞ……」
今度はさっきよりも安定した足取りで、一歩、 二歩と前に進んで行く。
三歩目までは順調に進んだけれど、そこから先に、なかなか足が出ない。
私が閉じていた目を開けて見ると、たっくんは必死に先へと手を伸ばして、腕の力で体を引っ張り上げようとしていた。
だけど、私という重い荷物を抱えた体は、簡単には上がっていかない。
「くっそ…… 」
ゼイゼイという喘ぎ声の合間に、たっくんの呟きが聞こえてきた。
たっくんの腕がプルプルと震えている。
きっと足も疲れて震えているんだろう。
たっくんの首にしがみついている私の腕も痺れてきた。
腰に回している足も、徐々にズルズルと落ちてくる。
ーー もういいよ、やめようよ。
その言葉が喉元まで出かかったけど、実際に口には出せなかった。
何故か、言ってはいけない気がしたから。
だから私はもう一度ギュッと固く目をつぶって、必死でたっくんの首にしがみつく。
この時間が永遠に続くような気がして、たっくんに申し訳なくて……私は唇を噛み締めながら、たっくんの背中で黙って泣いた。
たっくんの汗と私の涙が、 たっくんの首筋を濡らしていった。
ーーもう駄目だ……!
腕の痺れも限界に近付いたその時。
「小夏、 降りろ」
そう言われて目を開けたら、最初にたっくんの汗ばんで紅潮したうなじが目の前にあった。
恐る恐る足を下ろすと硬い板の感触が靴底に触れて、それでようやく、自分たちが目的の場所に着いたのだと気付く。
ーー あ……。
見上げた先には、初めて見るパノラマの景色が広がっていた。
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