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第1章 幼馴染編
11、俺を信じてくれる?(1)
しおりを挟むたっくんを思い出すとき、いつも最初に脳裏に浮かぶ表情がある。
それはまだ、私たちが憎しみや絶望の意味を知らなかった頃。
たっくんが一番自信に溢れ、満足そうにしていた瞬間を切り取った、はじけるような笑顔。
いくつかの断片的な幼い日の思い出のなかで、あの時の笑顔は、真っ青な空の色と共に、色褪せることなく私の心に刻まれている。
まるで綺麗なフレームに飾られた、大切な写真のように。
*
卒園式が終わると、私とたっくんは母親たちと一緒に近所のファミレスに寄ってランチを食べることになった。
夏に親同士が親しくなってからは、しょっちゅうお互いの家で食事をしているけれど、一緒に外食というのは初めてだったから、なんだか新鮮でワクワクした。
たっくんが普通のメニューからビーフシチューソースのかかったオムライスを頼んでいたので、私も真似して普通のメニューにしようとしたら、
「小夏はそんなに食べられないでしょ」
母にキッズ用のメニューを渡されたので、仕方なくそこからミニハンバーグセットを注文した。
なんだかたっくんだけ大人みたいで羨ましい。
たっくんは良く食べる。
良く食べるからか、4月には一足先に7歳になるからなのか、平均よりもかなり背が高かった。
そして私は悲しいくらいチビだったので、たっくんには頭2つ分くらい負けていた。
もしも彼の目が青くなければ、兄妹と思われていたかも知れない。
……いや、そんなことは無いな。
たっくんと私じゃ顔のパーツの出来が違いすぎる。
とにかく、楽しくファミレスでのランチを済ませると、私たちは一緒にアパートに帰った。
母は私を普段着に着替えさせてから、隣のたっくんの家に連れて行き、
「それじゃ、2時間くらいだと思うけど、小夏をよろしくね」
そう言って仕事に出掛けて行った。
急に顧客に呼び出されたので、相手の家まで資料を持って説明に行くことになったのだ。
「小夏ちゃん、好きにしてていいからね」
穂華さんはドアの鍵を閉めてから私にニコッと微笑んで、そのまま奥の和室に引っ込んで行った。
穂華さんは夜から仕事に行くので、昼間は寝ていることが多いのだ。
彼女は他の大人の人と違って、私たちをあまり子供扱いしない。
こうやって何度かたっくんの家に来ているけれど、穂華さんは必要以上に構わずに、自由にさせてくれる。
口うるさい大人が見たら、これを『放置』と言うのだろうけど、私は変に構われるよりも、放っておいてもらえる方が気が楽だった。
「小夏、公園に行こうか」
リビングでゲームをして遊んだあと、たっくんに公園へ誘われて、躊躇した。
母には子供だけで外に行かないよう言われている。
「お母さんに叱られちゃうよ」
「ちょっとだけ遊んで戻ってこれば大丈夫だよ。 もう小学生になるんだし」
そう言われて心が動いた。
そうだ、お母さんが帰って来る前に戻ってこればいいんだ。
それに、私たちはもう保育園児じゃない。
一瞬だけ、母の怒った顔が頭に浮かんだけれど、公園の誘惑に負けた。
「うん、 行く! 」
手を繋いで歩いて行くと、公園には誰もおらず、遊具は使い放題だった。
しばらく2人でブランコに乗っていたけど、そのうちにたっくんが1人でジャングルジムに登って、てっぺんから手を振ってきた。
「小夏は本当に高いとこダメなの? 」
「うん…… 」
私はジャングルジムの前まで来ると立ち止まり、てっぺんに座っているたっくんを見上げる。
春の軽やかな風に吹かれたたっくんの髪が、時々フワリと揺れている。
その栗色の髪が舞い上がるたびに、光に透けてキラキラ光った。
まるで真っ青なキャンバスに、金色の細い線を筆でシャッと描いたみたい。
「綺麗…… 」
いつものように空想の世界に入り込みそうになったそのとき、たっくんが手を差し出した。
「来いよ、小夏」
「えっ? 」
「悔しかったんだろ? 今日の集合写真の時」
そう言われて、たっくんに自分の気持ちを見抜かれていたことに驚いて、そして恥ずかしくなった。
あの時のみんなの、『やっぱりね』という視線と、大人たちの憐れむような目つきが嫌だった。
そして何より、自分の娘がそんな目を向けられて、母が恥ずかしい思いをしているんじゃないかと思うと、申し訳なくて、悔しくて……。
「ほら小夏、掴まれ」
目の前に手を差し出された瞬間に、心のわだかまりを掬い上げてもらえたような気がした。
その手を取れば、何かが変わるんじゃないかと思った。
「お前にも、この景色を見せてやる」
「たっくん……」
「小夏、来いよ…… 」
優しく微笑んでいたけれど、その目は真剣だった。
「……うん」
私はその瞳に吸い寄せられるように、青い空に向かって、ゆっくりと手を伸ばした。
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