11 / 237
第1章 幼馴染編
10、ホントに怒ってない?
しおりを挟む桜のほころぶ3月第3週。
鶴ヶ丘保育園の卒園式が終わると、園児と保護者たちは園庭や門の前で記念写真を撮ったり、先生たちと談笑しながら、それぞれ別れを惜しんでいた。
私の母が穂華さんと楓先生と3人で立ち話をしている間、私はウサギ小屋の前で、3匹のお友達に別れを告げていた。
「ミルク、ココア、チョコ、私ね、小学校に行っちゃうの。元気でね。みんな仲良くするのよ。ミルクは食べ過ぎちゃダメよ」
ミルクもココアもチョコも大切なお友達で、私の空想の世界にもしょっちゅう登場しては、夢を見させてくれた。
3匹とも大好きだったけど、私はその中でも真っ白なミルクがお気に入りだった。
彼女はとても食いしん坊な子で、おやつのニンジンを与えると、他の子が食べてるのを奪ってしまうこともしょっちゅうなワガママ娘だ。
だけど、私はミルクのそんな自由気ままな所が気に入っていた。
自分にない部分に憧れていたのかもしれない。
私が網の隙間から干し草を差し入れると、いつものようにミルクが鼻をヒクヒクさせながら近付いて来て、端から齧り始めた。
ここでこうして一緒に遊ぶのも、今日が最後。
そういえば、この保育園に来て最初に私から餌を食べてくれたのもミルクだった……。
「あっ、ウサギがウサギに餌をあげてる」
その声だけで、振り向かなくても誰かは分かった。
「私はウサギじゃないもん。それにこの子の名前はウサギじゃないもん、ミルクちゃんだもん」
しんみりとお友達に別れを告げていたのに、それをふざけた言葉で邪魔されたような気がして、変な理屈をつけて反論した。
「だけどこの子たちはウサギだろ? 」
「ウサギだけど、みんなお友達だもん。ちゃんと名前があるんだもん! 」
そう言いながら、隣にしゃがんできたたっくんの方を見たら、彼は至近距離から私の顔を覗き込んでいて、目が合うとちょっとだけ不安そうに瞳を揺らした。
「ごめん、怒った? 」
「…… 怒っては……いないけど…… 」
「ホントに? 怒ってない? 」
「怒ってない……よ」
コクリと頷きながらそう言うと、たっくんはようやく安心したように、ちょっとだけ口角を上げた。
「ミルクもごめんな、ココアもチョコも、みんな元気でな」
そう言って今度は小屋の網を指先でチョンチョンと突いている。
そんな風に素直に謝られると、キツイ口調で理不尽に怒っている方が悪者みたいだ。
いや、確かに私が悪い。
自分でも分かっている。
私はただ、保育園から、そしてこの子たちから離れる寂しさと、新しい世界に旅立つ不安をたっくんにぶつけただけなんだ……。
だからといってそのことを素直に口にするのは恥ずかしく、私は謝るタイミングを逃して気まずいまま、黙ってまた干し草を網から差し込む。
その時、園庭の方からワッと大きな歓声があがって、誰かがたっくんの名を呼んだ。
2人で立ち上がって見ると、赤いジャングルジムにクラスの子たちが登っていて、その前で保護者が写真を撮っている。
どうやら残っている子だけで集合写真を撮り始めたらしい。
「小夏、行こう」
手を引かれて一緒に走り出したけど、私は内心気が重かった。
どうせ私はジャングルジムには登れないし、そう言った時にみんなが見せる、ガッカリしたような馬鹿にしたような表情も想像できたから。
集団の盛り上がりに上手くノッていけないこと、水を差すことは、決して罪ではないけれど、罪を犯したかのように冷たい視線を向けられるものなのだ。
ジャングルジムに到着すると、子供たちはみんなジャングルジムのてっぺんに座っていたり、上の方につかまったりしてスタンバイしていて、たっくんも友達に呼ばれてあっという間にてっぺんまで登って行った。
私がジャングルジムから離れたところでポツンと立っていたら、園長先生が私の肩を抱いて、ジャングルジムの前に立たせてくれた。
そこでようやく保護者による写真撮影会が始まったのだけど、私の母以外のカメラの向きは総じてジャングルジムの上の方で、下に1人だけ立っている私などは視界に入っていないようだった。
きっとその写真には、私の姿は写っていないか、頭のてっぺんだけが見切れているのだろう。
恥ずかしさと母への申し訳なさで居た堪れず、私は肩を竦めていた。
その時、急にみんなの視線が自分の方に向いてドキンとした。
いや、正確には私の後ろなのだけど。
その視線を追って振り向いたら、すぐ後ろでたっくんがポーズを取っていた。
動物園の猿かチンパンジーみたいに、ジャングルジムの柵に左手だけで掴まって、残った方の手を横に伸ばしてピースサインをしたり、足を高く上げてバレリーナみたいなポーズをとったり。
それを見ていた他の子も次々と真ん中のあたりまで下りてきて、たっくんと同じようにいろんなポーズを取ってふざけ始めた。
「ほら、小夏もやれよ」
いつの間にかたっくんがすぐ隣に下りてきていて、私の顔の横でピースサインをしていた。
私はコクリと頷いて前を向くと、たっくんと同じように顔の横でピースサインをした。
赤いジャングルジムで猿のモノマネをして変顔をしてる子や、片手で掴まって飛行機の翼のように手を伸ばしている子。
その前で、顔を近づけて仲良くピースサインをしているたっくんと私の写真は、今も保育園のアルバムに貼られている。
0
お気に入りに追加
262
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる