たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

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第1章 幼馴染編

10、ホントに怒ってない?

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 桜のほころぶ3月第3週。

 鶴ヶ丘保育園の卒園式が終わると、園児と保護者たちは園庭えんていや門の前で記念写真を撮ったり、先生たちと談笑だんしょうしながら、それぞれ別れをしんでいた。

 私の母が穂華ほのかさんとかえで先生と3人で立ち話をしている間、私はウサギ小屋の前で、3匹のお友達に別れを告げていた。

「ミルク、ココア、チョコ、私ね、小学校に行っちゃうの。元気でね。みんな仲良くするのよ。ミルクは食べ過ぎちゃダメよ」

 ミルクもココアもチョコも大切なお友達で、私の空想の世界にもしょっちゅう登場しては、夢を見させてくれた。

 3匹とも大好きだったけど、私はその中でも真っ白なミルクがお気に入りだった。

 彼女はとても食いしん坊な子で、おやつのニンジンを与えると、他の子が食べてるのを奪ってしまうこともしょっちゅうなワガママ娘だ。

 だけど、私はミルクのそんな自由気ままな所が気に入っていた。
 自分にない部分にあこがれていたのかもしれない。

 私があみ隙間すきまから干し草を差し入れると、いつものようにミルクが鼻をヒクヒクさせながら近付いて来て、端からかじり始めた。

 ここでこうして一緒に遊ぶのも、今日が最後。
 そういえば、この保育園に来て最初に私からえさを食べてくれたのもミルクだった……。


「あっ、ウサギがウサギにえさをあげてる」

 その声だけで、振り向かなくても誰かは分かった。

「私はウサギじゃないもん。それにこの子の名前はウサギじゃないもん、ミルクちゃんだもん」

 しんみりとお友達に別れを告げていたのに、それをふざけた言葉で邪魔じゃまされたような気がして、変な理屈りくつをつけて反論した。

「だけどこの子たちはウサギだろ? 」
「ウサギだけど、みんなお友達だもん。ちゃんと名前があるんだもん! 」

 そう言いながら、隣にしゃがんできたたっくんの方を見たら、彼は至近距離から私の顔をのぞき込んでいて、目が合うとちょっとだけ不安そうに瞳を揺らした。

「ごめん、怒った? 」
「…… 怒っては……いないけど…… 」

「ホントに? 怒ってない? 」
「怒ってない……よ」

 コクリと頷きながらそう言うと、たっくんはようやく安心したように、ちょっとだけ口角こうかくを上げた。

「ミルクもごめんな、ココアもチョコも、みんな元気でな」

 そう言って今度は小屋の網を指先でチョンチョンとつついている。

 そんなふうに素直に謝られると、キツイ口調で理不尽りふじんに怒っている方が悪者わるものみたいだ。

 いや、確かに私が悪い。

 自分でも分かっている。 
 私はただ、保育園から、そしてこの子たちから離れる寂しさと、新しい世界に旅立つ不安をたっくんにぶつけただけなんだ……。

 だからといってそのことを素直に口にするのは恥ずかしく、私は謝るタイミングをのがして気まずいまま、黙ってまた干し草を網から差し込む。


 その時、園庭の方からワッと大きな歓声があがって、誰かがたっくんの名を呼んだ。
 2人で立ち上がって見ると、赤いジャングルジムにクラスの子たちが登っていて、その前で保護者が写真を撮っている。

 どうやら残っている子だけで集合写真を撮り始めたらしい。

「小夏、行こう」

 手を引かれて一緒に走り出したけど、私は内心ないしん気が重かった。

 どうせ私はジャングルジムには登れないし、そう言った時にみんなが見せる、ガッカリしたような馬鹿にしたような表情も想像できたから。

 集団の盛り上がりに上手うまくノッていけないこと、水を差すことは、決してつみではないけれど、罪をおかしたかのように冷たい視線を向けられるものなのだ。


 ジャングルジムに到着すると、子供たちはみんなジャングルジムのてっぺんに座っていたり、上の方につかまったりしてスタンバイしていて、たっくんも友達に呼ばれてあっという間にてっぺんまで登って行った。

 私がジャングルジムから離れたところでポツンと立っていたら、園長先生が私の肩を抱いて、ジャングルジムの前に立たせてくれた。

 そこでようやく保護者による写真撮影会が始まったのだけど、私の母以外のカメラの向きはそうじてジャングルジムの上の方で、下に1人だけ立っている私などは視界に入っていないようだった。

 きっとその写真には、私の姿は写っていないか、頭のてっぺんだけが見切れているのだろう。
 恥ずかしさと母への申し訳なさで居た堪れず、私は肩をすくめていた。


 その時、急にみんなの視線が自分の方に向いてドキンとした。
 いや、正確には私の後ろなのだけど。

 その視線を追って振り向いたら、すぐ後ろでたっくんがポーズを取っていた。

 動物園の猿かチンパンジーみたいに、ジャングルジムの柵に左手だけでつかまって、残った方の手を横に伸ばしてピースサインをしたり、足を高く上げてバレリーナみたいなポーズをとったり。

 それを見ていた他の子も次々と真ん中のあたりまで下りてきて、たっくんと同じようにいろんなポーズを取ってふざけ始めた。

「ほら、小夏もやれよ」

 いつの間にかたっくんがすぐ隣に下りてきていて、私の顔の横でピースサインをしていた。
 私はコクリと頷いて前を向くと、たっくんと同じように顔の横でピースサインをした。

 赤いジャングルジムで猿のモノマネをして変顔をしてる子や、片手で掴まって飛行機の翼のように手を伸ばしている子。

 その前で、顔を近づけて仲良くピースサインをしているたっくんと私の写真は、今も保育園のアルバムに貼られている。
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