たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
上 下
10 / 237
第1章 幼馴染編

9、俺のもんになる?

しおりを挟む
 
 鶴ヶ丘保育園の年長組では、一時期なぜか異様に鬼ごっこが流行はやった時期があった。

 朝、登園してきた園児が3人くらい集まった時点ですぐに鬼ごっこが始まり、そのあともすきあらば、誰かれかまわず追いかけてタッチし合う。
 外に出れば園庭中を逃げ回り、先生が中に入るようみんなを呼ぶまで、ずっとそれが続くのだ。

 これはなんとなくクラス全体でノリでやっている感じだったので、たっくんにタッチされて、いつの間にやら私も一緒に、鬼ごっこに参加するようになっていた。

 1人が平気な私でも、自然にクラスの輪に入れたことはやっぱりうれしかったし、ひたすら逃げまくるだけの単純な遊びが気に入って、毎日キャーキャー言いながら、皆と一緒に走り回っていた。

 この頃までは本当に楽しかったのだ。


 そのうち、数名の男子が、鬼から逃げるために遊具に登るようになった。

 滑り台やジャングルジムに登り、鬼が追いかけてよじ登ってきたところで反対側から飛び降りる。

 この、非常にかしこく、かつずるくてきたない手段を、他の子たちも次々と真似するようになり、一度鬼になるとなかなか交代出来ないという事態におちいった時点で空気が変わった。

『一度鬼になったら終わりだ』ということに皆が気付きだし、ただの『追いかけっこ』が、『鬼にならないため』の恐怖の時間になった。

 そしてこの頃から、鬼ごっこの鬼が、ほぼほぼ私で固定されることになった。



 私は高いところが苦手だ。

 ちゃんと床があって下が見えない所なら大丈夫だけど、背骨せぼねみたいになってるスケルトン階段や梯子はしご、ジャングルジムなどの遊具、透明で足下あしもとが透けて見えるエレベーターはNG。

 これは私が4歳の時にジャングルジムから落ちたのがきっかけだった。

 幼稚園のジャングルジムで、他の子がやってたのを真似て、途中まで登って飛び降りるというのを繰り返していたときだ。
 何度目かの時に、どういうはずみかつま先が引っ掛かって、思いっきり顔面から地面に落っこちた。

 りむいた顔面と手足に、ジンジンとした痛み。
 ダラダラと流れ続ける大量の鼻血を見たときは、このまま自分は死んでしまうんじゃないかと真剣に怖くて、病院で処置を受けている間もずっと泣き続けていた。

 そのことがあって以来、高い所から足下あしもとを見るとあの光景を思い出して、胸のあたりがヒュッと冷たくなり、足がすくんでしまうのだ。


 高い遊具に逃げられず、足もそんなに速くなかった私は、登園して誰かにタッチされると、そのまま降園するまで鬼のままということが続いた。

 途中で見かねたたっくんがわざと私の前に出てきて鬼になってくれたりするのだけど、たっくんにタッチされた子がすぐに私を追いかけてくるので、結局すぐまた鬼に逆戻ぎゃくもどりの り返し。

 その頃にはもう、鬼ごっこというよりは、私から皆が逃げるゲームになっていた。



 小さかろうがおさなかろうが関係ない。
 時に子供はひどく残酷ざんこく冷淡れいたんだ。

 自分がターゲットにならない事に安心したみんなは、今度は私が遊具を見上げてオロオロする姿を楽しむようになった。

 ジャングルジムや滑り台の上でクスクス笑っているみんなを見て、くやしくて悲しくて、 なまりを飲み込んだように胸が重くなっていく。

 保育園に行きたくない、鬼ごっこなんかしたくない。
 
 だけど登園してタッチされたら鬼なのだ。
 鬼は追いかけなければいけない……。


 そんなことが3日ほど続いたある日、保育園の玄関で母と別れたあと、たっくんが真剣な表情で私に言った。

「小夏、お前、俺のもんになる? 」
「………… えっ? 」

 意味が分からずキョトンとしていたら、たっくんが私の両手を取ってもう一度聞いてきた。

「小夏、お前、俺の家来けらいになるか? 」
「…… 家来? 私が? 」

「うん、そう。お前が俺の家来になるなら、お前は俺のもんだ。そしたら俺がお前を守ってやる。お前を鬼になんかしない」

「私、もう鬼にならなくていいの? 」
「うん。俺がお前を守ってやるから心配しなくていい。だから小夏、俺の家来になれ」

「………… うん、たっくんの家来になる」

 私が頷くと、たっくんは私の手をつかむ両手に力を込めて、「よし」とだけ言って微笑んだ。


 よく考えたら、 家来けらいは守られるんじゃなくて、御主人様を守る側だと思うのだけど……その時の私にとっては、そんなのどっちでも良かった。

 とにかく鬼ごっこから逃れたい一心いっしんで、『鬼にならなくていい』という言葉に一も二もなく飛びついた。

 そして、『守る』とハッキリ言い切ったたっくんの青い瞳の真剣さに、とにかく安心して、心がスッと軽くなったのだった。


 たっくんは宣言通り、家来の私を全力で守ってくれた。

 手を繋いで教室に入ったら、私にタッチしようとする男子の手を払いのけてかばってくれる。
 後ろから私の背中にタッチされたら、すぐさまたっくんがその相手にタッチし返す。

「小夏ちゃん、 ズルい! 」

 誰かがそう言ったら、
「小夏は今日から俺の家来になったんだ。だから御主人様の俺が守るんだよ! 」

 そう大声で言い返した。

 そうなると誰も私に手を出さなくなり、『鬼』になるのを恐れたみんなは、その遊びを積極的にやらなくなる。

 そして気付くともう、誰も鬼ごっこをしなくなっていた。

 瞬間風速的に巻き起こった鬼ごっこブームは、 終わるのもまた、あっという間だった。



 あの時たっくんは、私を『鬼』から救うために、『家来』だなんて言葉をわざわざ使ったんだろうな…… って、今になってみるとよく分かる。

 たった6歳の男の子が、私を守るために必死で考えて、行動してくれた。

 それを思うだけで、一気にあの頃の気持ちがよみがえり、胸がギュッと締め付けられるのだ。


 私はあの日からずっとたっくんの家来で、たっくんのものなのに、ただここに、彼だけがいない。

 ねえ、たっくん、私はもうたっくんに守ってもらえないけど、どうにか元気でやってるよ。


 たっくんの家来は、今も私だけですか?
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...