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第1章 幼馴染編
8、嬉しくないの?
しおりを挟む夏も終わりに近づく8月最終週。
その日は日曜日で保育園がお休みだったので、私は母と一緒にアパート前の公園に来ていた。
私たちが住んでいたアパートは、広い通りから一本奥に入った路地裏にあって、駐車場に面した道路は、車が1台ギリギリ通れるくらいの一方通行の細い道だった。
その道を利用する人はこの辺りの住人くらいだったから交通量が少なく、その向こう側にある小さな公園を利用する人は、近所の散歩帰りの老人か、私たちのようなアパートの住人くらい。
そんな貸切状態の公園のブランコで母に背中を押してもらっていると、通りを歩いて行くたっくんが見えた。
たっくんが立ち止まって手を振ったので、私はブランコから降りて駆け寄った。
「たっくん、こんにちは」
「こんにちは。お前、何やってんの? 」
「公園で遊んでた」
「それは分かるけど…… 誕生会に行かないの? 」
「えっ、誰の? 」
「誰のって…… 」
たっくんは一瞬『しまった!』という表情を浮かべたけれど、言いかけたものは仕方がないというように、顔をしかめながら続けた。
「真帆ちゃんの誕生会。クラスの子が何人か呼ばれてるんだ」
「…… ああ、そうなんだ…… 」
そう言われて改めてたっくんを見れば、ちょっと小綺麗な紺のポロシャツを着ているし、手にはピンク色のリボンがついた四角い包みを持っている。
「ごめん、俺、小夏も呼ばれてると思ってて…… 」
「ううん、いいんだ。行ってらっしゃい! 」
申し訳なさそうに去って行く後ろ姿を見て、なんだか胸がザラッとするような嫌な感覚があった。
真帆ちゃんとは仲良くもないし、誕生会に呼ばれなくても仕方ないと思う。
別に行きたいとも思わない。
だけど、たっくんを呼んで私をあえて呼ばないところに、真帆ちゃんの作為が見えたような気がした。
さっきまで公園で楽しく遊んでいたのに、いきなりどんよりした気分になって、トボトボと母の元へと歩いて行く。
「たっくん、どうしたの? 」
「これから友達のとこに行くんだって」
「そう…… 」
母は私の暗い表情に何かを感じたようだったけれど、それ以上は何も聞かずに、またブランコに座った私の背を押してくれた。
しばらくして砂場で山を作っていると、急に手元が陰になったので、アレッと思って顔を上げた。
するとそこにはたっくんが立って見下ろしていて、ニヤッとしながら手に持った小さな紙袋をかざして見せる。
「たっくん…… どうしたの? 」
「ん…… 真帆ちゃんにプレゼントだけ渡して帰ってきた」
「なんで? 誕生会だったんでしょ? 」
「ん~…… 男は俺しかいなかったからつまんないしさ。それに…… 小夏と遊んでる方が楽しいし」
たっくんは私の前にしゃがみこむと、
「帰りにクッキーもらったからさ、あとで一緒に食べようよ」
そう言ってまた、歯を見せて笑った。
「本当に帰ってきちゃって良かったの? また真帆ちゃんに怒られるよ」
ペタペタと砂山を叩きながら私が言うと、同じように反対側からペチペチと叩きながら、たっくんが不満気な顔を見せた。
「なんだよ、お前、嬉しくないの? 」
「えっ、なにが? 」
「せっかく俺が小夏に会いに帰ってきたのに、なんでそんなこと言うの? 」
「なんでって…… 」
「俺と遊べて嬉しいの? 嬉しくないの? 」
怒ったように言われて一瞬グッと言葉に詰まったけれど、嘘を言っても仕方がない。そのままの気持ちを口にした。
「…… 嬉しいよ」
途端にたっくんがパアッと顔を明るくして、フフンと勝ち誇ったような顔で、また砂山をペチペチと叩き出す。
心なしか、さっきまでよりも叩く手に勢いがある気がする。
私もたっくんに負けないよう、さっきまでより力を込めて砂山を叩いた。
トンネルを掘って、真ん中で合流するその瞬間を思い浮かべながら。
太陽に照らされたたっくんの髪が、今日もまたキラキラと金色に輝いていて、やっぱりヒマワリみたいだ……と思った。
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