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第1章 幼馴染編
7、お前、1人なの?
しおりを挟むいつの年代になっても、男子より女子の方が人間関係が複雑だと思う。
そしてやることも陰険で陰湿だ。
たっくんに『嫌いになる』と言われて、真帆ちゃんたちが私を取り囲んで責めることは無くなった。
でも、取り囲むことをしない代わりに寄ってもこなくなった。
園庭で遊ぶ時も絶対に声を掛けてこないし、私に誰かが近付こうとすると、遠くから呼んで引き離す。
だけど、私は全然平気だった。
むしろ人に気を遣わなくていいから楽でいい。
元々1人でぼ~っとしているのが好きだったし、自分の世界を邪魔されたくなかったのだ。
私は空想癖のある子だった。
空に浮かぶ雲をぼんやり眺めては、その形を動物や建物に見立てて物語を作ってみる。
花壇の花や木の洞を覗きこんで、その中にちょこんと座り込む妖精を想像する。
それは無限で自由自在な私だけの世界だ。
私は、私だけのそんな時間が大好きだった。
「お前、1人なの? 」
花壇の前にしゃがみ込んでいたら、いつの間にかたっくんも隣に並んでしゃがみ込んでいた。
私の視線の先を追って、そこに白い蝶々がいるのに気付くと、今度は私の顔と蝶々を交互に見つめる。
「小夏はあの蝶々を見てるの? 」
「うん…… あの子は花の蜜を集めてるの」
「ふ~ん、そうなんだ」
「うん。あの子は5人姉妹の一番下でね、上のお姉さんたちは意地悪で怠け者なの。 あの子はお姉さんたちに命令されて、蜜を集めてるの」
「お姉さん、4人もいるのにみんな意地悪だな。あの子も言うことを聞かなきゃいいのに」
「でも、言うことを聞かないと、帰った時に叱られちゃうの。それで、家から追い出されちゃうの」
「ムカつくな、お姉さん。あの子だけ可哀想じゃん」
「うん、可哀想な子なの。でもね、王子様が来てくれるんだよ」
「王子様? 」
私は少し離れた花にとまっているアゲハ蝶を指差してみせる。
「あの大きな蝶々はこの国の王子様なの。優しい女の子と結婚したくて旅をしてるの。それで、あの子が毎日花の蜜を集めてるのを見て、好きになったの」
「へえ~、いい人だな、王子様」
「うん。あっ、ほら、モンシロチョウが飛んでったでしょ? あの子はこれから王子様とお城に行くんだよ」
「お城に行ったらお姫様になれるじゃん、良かったな」
「うん、良かった」
植え込みの向こう側にヒラヒラと飛んで行くモンシロチョウを見送ってから隣のたっくんを見たら、彼は目を細めてニコニコしながらこちらを見ていた。
「小夏の話、面白いな。もっといろいろ話してよ」
「面白い? 変じゃない? 」
「変じゃないよ。なんで変なの? 」
「みんな、変っていうから…… 」
前に通っていた幼稚園では、私が1人でぼ~っとしていると気味悪がられたり変人扱いされたりしていた。
たまに誰かが話しかけてきてくれても、私が今みたいに空想の話を始めると、『変なの』と言い捨てるか、途中で飽きて去って行ってしまうのが常だった。
そうすると、楽しかった空想の世界が急に歪んで壊されて、物語がそこで終わってしまうのだ。
だから私は1人でいるのが好きだったし、最近では空想の話をするのも母だけにしていた。
なのに、どうしてだろう。
たっくんには自然に話せたし、たっくんも私の話を馬鹿にせず聞いてくれた。
面白いと言ってくれた。
なんだか無性に嬉しくなって、今度は雲を見上げて他の話を作って話す。
やっぱりたっくんはニコニコと相槌を打って聞いている。
なんだろう、すごく楽しい。
人に空想の話をするのは苦手だったはずなのに、たっくんだけは違うのだ……。
「拓巳くん、サッカーしようよ! 」
その時、園庭の真ん中からたっくんを呼ぶ声がした。
2人してそっちを見たら、同じクラスの子たちがサッカーボールを中心に集まっていて、こちらに手招きしている。
「うん、行く! 」
たっくんが立ち上がって私を見下ろした。
「小夏もサッカーしようよ、行こっ」
たっくんが右手を差し出したけれど、私は首を横に振った。
サッカーボールを囲んでいるメンバーには、真帆ちゃんたちもいて、なんだか自分は行かない方がいいような気がしたのだ。
私は彼女たちの鋭い視線に耐えきれず、フイッと花壇の方を見て、そのままたっくんに背中を向けて、「行っておいでよ」と短く言った。
「お前、寂しくないの? 」
「…… うん、ここでまたお話作ってるから」
「そんじゃ、一緒に遊びたくなったら来いよ」
「……うん」
たっくんの足音が遠ざかって、私は1人花壇に残された。
それでいいはずなのに、また自分だけの世界に浸れるはずなのに…… どうしてなのか、いくら花を眺めても、もう何一つお話が浮かんでこない。
ーー さっきまで、あんなに楽しかったのに……。
そうだ、私はもう気付いてしまったんだ。
誰かに話を聞いてもらう楽しさを、共感してもらう嬉しさを。
一度その喜びを知ってしまったら、それ以前の1人きりの時間が虚しく感じて、いくら考えても想像が広がらない。
だから、しばらくしてさっき去って行ったばかりの足音が近付いてきて、また隣にしゃがみ込んだ時、私はなんだか胸がいっぱいになって、泣きたいような気分になった。
「やっぱり小夏の話、聞かせてよ」
「…… うん」
目の前の花壇には、いつの間にかまた白い蝶々が飛んできていた。
横を見ると、青いビー玉の瞳がキラキラしながら物語の続きを待っている。
さあ、次はどんなお話にしようか?
今度は物語が無限に湧き上がってくるのを感じながら、私は新しいお話を語り始めるのだった。
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