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第1章 幼馴染編
6、俺のこと好きなの?
しおりを挟むたっくんと私が通っていた『鶴ヶ丘保育園』は、家族経営の小さな保育園だった。
園長先生は白髪頭の杉本徹生先生、副園長が園長先生の妹の杉本ゆかり先生、年長組担当は杉本楓先生で、楓先生はゆかり先生の娘らしい。
杉本が3人もいるので一見ややこしそうだけど、それぞれ『園長先生』、『副園長先生』、『楓先生』で区別していたから、私たちは全く困ることがなかった。
他には年中に1人、年少に2人の担任がいて、あとは特定のクラスに付くわけではない保育補助の先生が1人と事務員が1人。
園長先生が全体の監督をして、副園長先生はその日に手の掛かりそうなクラスに手伝いに入るという感じだった。
各学年15~20人くらいの1クラスずつだけで、私のいた年長クラスは女の子9人、男の子5人の計14名。
その中でも中心になっていたのは、『お試し保育』の時にうさぎ小屋まで案内してくれた女子、真帆ちゃん、美来ちゃん、音羽ちゃんの3人組で、中でも一番可愛いくて気の強い真帆ちゃんがリーダー格。
そのリーダー格の真帆ちゃんは、たっくんのことが好きだった。
それをなぜ私が知っていたかというと、彼女が堂々と公言していたし、たっくん本人にもそう言い続けていたから。
というか、真帆ちゃんに限らず、たぶん園の殆どの女子は、たっくんを好きだったんじゃないかと思う。
だって先生たちでさえ、「今日も拓巳くんカッコいいわね」なんて、 目尻を下げて園庭で立ち話していたくらいだから。
それくらいたっくんは綺麗な顔をしていたし、飛び抜けて目立っていた。
4月生まれで既に6歳になっているからか血筋のせいなのかは分からないけれど、背丈もクラスの中で一番高かった。
そりゃあ、そんな風に絵本の中の王子様がそのまま飛び出て来たような容姿を見たら、誰だって憧れずにはいられないだろう。
そのたっくんが私と一緒に登園して来たのを見て、月曜日の年長さんクラスは一斉にザワついた。
昨夜のうちに母と穂華さんとの間でどういう話があったのかは知らないけれど、たぶん母の『面倒見の良さ』がまた発動したのだろう。
私の母が出勤前に私を送ってくる車に、その日からたっくんも一緒に乗ってくることになったのだ。
着いたらすぐに手を洗うという園のルールに従って、私とたっくんが廊下の手洗い場で手を洗っていたら、真帆ちゃんたちがやって来て、私の服の袖を引っ張った。
「小夏ちゃん、ちょっと来て」
これが中高生であれば校舎裏か体育倉庫にでも引っ張り込まれる場面だろうけど、保育園児はそこまで手の込んだことはしなかった。
すぐ後ろの自分たちの教室の隅で取り囲んで、3人で交互に責め立ててくる。
「どうして拓巳くんと一緒に来たの? 」
「私たちの方が先に拓巳くんと仲良しになったんだよ」
「小夏ちゃんだけズルい! 」
最後に真帆ちゃんが、
「私が拓巳くんを好きなんだから取らないでよね! 」
怖い顔で仁王立ちしていたら、横からたっくんがサッと割り込んできて、私を背にして彼女たちの前に立ち塞がった。
「何してんの? 」
たっくんから睨みつけられて3人とも一瞬たじろいだけれど、すぐに真帆ちゃんがズイッと一歩前に出て、逆に睨みつけてくる。
「どうして小夏ちゃんが拓巳くんと一緒に来たの? 拓巳くんを好きなのは私なのに、ズルいよ! 」
とても理不尽で自分勝手な主張なはずのに、彼女があまりにも堂々と言い放ったからか、5歳児の頃の私には、なんだかそれが正しい意見のように思えた。
『真帆ちゃんが好きな拓巳くんを横取りしようとしてる自分』が凄く悪い子に感じて、たっくんの後ろで身を縮めていた。
「…… お前、俺のこと好きなの? 」
ーー えっ?!
私に聞いたのかと思ってバッと顔を上げたら、その言葉は目の前の真帆ちゃんに向かって発せられていたらしい。
真帆ちゃんが、待ってましたとばかりに思いの丈を訴える。
「好きだよ! 真帆の方が先に拓巳くんを好きって言ったんだからね! 」
「だったらさ、もう小夏をいじめるな」
「いじめてないよ! 小夏ちゃんだけズルいって言っただけだもん! 」
「だったら、もうそういうことも言うな。 俺はクラスの友達のことはみんな好きだし、真帆ちゃんのことも好きだ。でも、小夏をいじめるなら今日からお前を嫌いになる」
「えっ?! …… 嫌っ!嫌いになっちゃダメ! 」
「だったらもう絶対に小夏をいじめるなよ。 分かった? 」
「…… うん、分かった」
たっくんに庇ってもらって凄く嬉しかったのに、その反面、素直に喜べない自分がいた。
『俺はクラスの友達のことはみんな好きだし、真帆ちゃんのことも好きだ』
その言葉に勝手に傷ついている自分がいる。
公園で一緒に遊んだから、家がお隣だから、 家で一緒にご飯を食べたから、一緒に保育園に来たから……。
なんだか自分だけが特別なような気になっていたけれど、たっくんから見たら、私も真帆ちゃんもみんなが『大好きなクラスの友達』なんだ。
ーー うん、当然。 だってみんな、クラスの友達だもんね。
その時の私は、まだ自分の『恋心』を自覚していなくて、なのにたっくんを特別に感じていて、 自分も彼の特別でいたいと思っていて……。
嬉しい…… だけど嬉しくない。
2つの気持ちを振り子のように揺れ動かしながら、私はただ、まだ名前のついていないその感情に戸惑っていた。
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