たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
上 下
7 / 237
第1章 幼馴染編

6、俺のこと好きなの?

しおりを挟む
 
 たっくんと私が通っていた『鶴ヶ丘つるがおか保育園』は、家族経営の小さな保育園だった。

 園長先生は白髪頭しらがあたま杉本徹生すぎもとてつお先生、副園長が園長先生の妹の杉本ゆかり先生、年長組担当は杉本かえで先生で、楓先生はゆかり先生の娘らしい。

 杉本が3人もいるので一見ややこしそうだけど、それぞれ『園長先生』、『副園長先生』、『楓先生』で区別していたから、私たちは全く困ることがなかった。

 他には年中に1人、年少に2人の担任がいて、あとは特定のクラスに付くわけではない保育補助の先生が1人と事務員が1人。
 園長先生が全体の監督をして、副園長先生はその日に手の掛かりそうなクラスに手伝いに入るという感じだった。


 各学年15~20人くらいの1クラスずつだけで、私のいた年長クラスは女の子9人、男の子5人の計14名。

 その中でも中心になっていたのは、『お試し保育』の時にうさぎ小屋まで案内してくれた女子、真帆まほちゃん、美来みくちゃん、音羽おとはちゃんの3人組で、中でも一番可愛いくて気の強い真帆ちゃんがリーダー格。

 そのリーダー格の真帆ちゃんは、たっくんのことが好きだった。

 それをなぜ私が知っていたかというと、彼女が堂々と公言していたし、たっくん本人にもそう言い続けていたから。

 というか、真帆ちゃんに限らず、たぶん園のほとんどの女子は、たっくんを好きだったんじゃないかと思う。
 だって先生たちでさえ、「今日も拓巳くんカッコいいわね」なんて、 目尻めじりを下げて園庭で立ち話していたくらいだから。

 それくらいたっくんは綺麗な顔をしていたし、飛び抜けて目立っていた。

 4月生まれで既に6歳になっているからか血筋ちすじのせいなのかは分からないけれど、背丈せたけもクラスの中で一番高かった。

 そりゃあ、そんな風に絵本の中の王子様がそのまま飛び出て来たような容姿を見たら、誰だって憧れずにはいられないだろう。


 そのたっくんが私と一緒に登園して来たのを見て、月曜日の年長さんクラスは一斉にザワついた。

 昨夜のうちに母と穂華さんとの間でどういう話があったのかは知らないけれど、たぶん母の『面倒見の良さ』がまた発動したのだろう。
 私の母が出勤前に私を送ってくる車に、その日からたっくんも一緒に乗ってくることになったのだ。


 着いたらすぐに手を洗うという園のルールに従って、私とたっくんが廊下の手洗い場で手を洗っていたら、真帆ちゃんたちがやって来て、私の服の袖を引っ張った。

「小夏ちゃん、ちょっと来て」

 これが中高生であれば校舎裏か体育倉庫にでも引っ張り込まれる場面だろうけど、保育園児はそこまで手の込んだことはしなかった。
 すぐ後ろの自分たちの教室のすみで取り囲んで、3人で交互に責め立ててくる。

「どうして拓巳くんと一緒に来たの? 」
「私たちの方が先に拓巳くんと仲良しになったんだよ」
「小夏ちゃんだけズルい! 」

 最後に真帆ちゃんが、
「私が拓巳くんを好きなんだから取らないでよね! 」

 怖い顔で仁王におう立ちしていたら、横からたっくんがサッと割り込んできて、私を背にして彼女たちの前に立ち塞がった。


「何してんの? 」

 たっくんからにらみつけられて3人とも一瞬たじろいだけれど、すぐに真帆ちゃんがズイッと一歩前に出て、逆に睨みつけてくる。

「どうして小夏ちゃんが拓巳くんと一緒に来たの? 拓巳くんを好きなのは私なのに、ズルいよ! 」

 とても理不尽で自分勝手な主張なはずのに、彼女があまりにも堂々と言い放ったからか、5歳児の頃の私には、なんだかそれが正しい意見のように思えた。

『真帆ちゃんが好きな拓巳くんを横取りしようとしてる自分』がすごく悪い子に感じて、たっくんの後ろで身を縮めていた。


「…… お前、俺のこと好きなの? 」

ーー えっ?!

 私に聞いたのかと思ってバッと顔を上げたら、その言葉は目の前の真帆ちゃんに向かって発せられていたらしい。
 真帆ちゃんが、待ってましたとばかりに思いの丈を訴える。

「好きだよ! 真帆の方が先に拓巳くんを好きって言ったんだからね! 」

「だったらさ、もう小夏をいじめるな」
「いじめてないよ! 小夏ちゃんだけズルいって言っただけだもん! 」

「だったら、もうそういうことも言うな。 俺はクラスの友達のことはみんな好きだし、真帆ちゃんのことも好きだ。でも、小夏をいじめるなら今日からお前を嫌いになる」

「えっ?! …… いやっ!きらいになっちゃダメ! 」

「だったらもう絶対に小夏をいじめるなよ。 分かった? 」
「…… うん、分かった」

 たっくんにかばってもらって凄く嬉しかったのに、その反面、素直に喜べない自分がいた。

『俺はクラスの友達のことはみんな好きだし、真帆ちゃんのことも好きだ』

 その言葉に勝手に傷ついている自分がいる。

 公園で一緒に遊んだから、家がお隣だから、 家で一緒にご飯を食べたから、一緒に保育園に来たから……。

 なんだか自分だけが特別なような気になっていたけれど、たっくんから見たら、私も真帆ちゃんもみんなが『大好きなクラスの友達』なんだ。


ーー うん、当然。 だってみんな、クラスの友達だもんね。


 その時の私は、まだ自分の『恋心』を自覚していなくて、なのにたっくんを特別に感じていて、 自分も彼の特別でいたいと思っていて……。


 嬉しい…… だけど嬉しくない。

 2つの気持ちを振り子のように揺れ動かしながら、私はただ、まだ名前のついていないその感情に戸惑っていた。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...