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第1章 幼馴染編
4、小夏って呼んでもいいだろ?
しおりを挟む「さあ、召し上がれ」
目の前の料理を見て、たっくんは「わあ…… 」と感嘆の声を上げた。
今日の夕食のメインはカレーライスで、付け合わせは福神漬けとらっきょう。
他にもテーブルには、トマトとオニオンスライスのサラダ、作り置きしてあった煮卵やレンコンのきんぴらが並んでいる。
折原家のカレーは、オレンジ色の大きなホーロー鍋でじっくり煮込んだ野菜カレーだ。
一度作ると最低2日間はカレーが続くことになるのだけど、その代わり2日目は牛肉や鶏肉を加えたりして具に変化をつけてくれる。
今日はその2日目カレーの具がトンカツになった。
母は昼間にパン粉をつけて下ごしらえしてあった豚肉を素早く揚げて大皿に盛ると、これまた大盛りのキャベツと共に、テーブルの真ん中にドーンと置いた。
これをこのまま食べても良し、カレーに乗せてカツカレーにしても良しという、お好みスタイルだ。
私はカレーが好物だったから、2日続こうが3日続こうが不満はなかったけれど、我が家の味をたっくんが気に入ってくれるだろうか…… ということが気になって、なんだか落ち着かなかった。
ーーいや、それよりも、こんなに急に誘ってしまって良かったのかな……。
もしかしたら無理をしてるんじゃないかと心配になり、隣に座っているたっくんの横顔を覗き見たら、ちょうどこちらを見ていた彼と目が合ってドキッとした。
「凄いね、これ、本当に食べてもいいの? 」
パアッと表情を輝かせてそう言ったのを見て、どうやら迷惑では無さそうだとホッとする。
私の母は、昔から面倒見のいい人だった。
ふっくらした体型と、笑うと三日月のようになる目元が安心感を与えるのか、誰とでもすぐに打ち解けて、そのうちに愚痴や悩み相談まで受け始める。
そのせいか、家族で社宅に住んでいた時には同僚の奥さん連中のまとめ役みたいになっていて、みんなが家にお茶をしに来たり、家族でご飯を食べに来たりと、わりかし人の出入りが多かったように思う。
今回もその面倒見の良さが発動したのだろう。
母は、ドアの鍵を開けて真っ暗な玄関へ入ろうとしていたたっくんを呼び止めて、こう言ったのだ。
「良かったらうちでご飯を食べない? 」
私の心配をよそに、たっくんは凄まじい勢いで1杯目のカレーを平らげると、母の勧めに応じて2杯目にも手を出していた。
「おいしい」をひたすら連呼しての見事な食べっぷりに気を良くしたのか、母は冷蔵庫のタッパーから常備菜のサツマイモのレモン煮や炒りコンニャクまで出してきて、たっくんの目の前に次々と並べていく。
最後はうさぎに飾り切りしたリンゴを小皿に乗せて持ってきた。
「わっ、スゲー!リンゴがうさぎになってる!」
「気に入った? 拓巳くん、好きなだけ食べてね」
「ありがとう! ……えっと…… 小夏のお母さん」
「あら、『おばさん』でいいのよ」
「でもお母さんが、女の人をおばさんって呼んじゃダメだって」
「まあ、そうなの……。じゃあ、『早苗さん』とでも呼んでもらおうかしらね。おばさんの名前は早苗っていうのよ」
「分かった…… えっと…… ありがとう、早苗さん! 」
「ふふっ、どういたしまして」
美少年から名前で呼ばれて満更でもないようで、母はたっくんの向かい側に座ると、ニコニコしながらたっくんの食べっぷりを眺めている。
「小夏、 お前のお母さん優しいな」
「…… 小夏?! 」
急に名前を呼ばれてドキッとした。
そう言えば何気にスルーしていたけれど、さっきもサラッと『小夏のお母さん』とか言ってたし。
「えっ、お前の名前、小夏じゃないの? 」
「小夏だけど…… 」
「えっ、名前で呼んじゃダメなの? 小夏って呼んでもいいだろ? 」
「別に…… いいけど…… 」
「へへっ、そんじゃ小夏な。 小夏、このうさぎリンゴ、小夏みたいじゃね? 」
たっくんがリンゴを指差しながら私の顔を覗き込んできた。
「うさぎ? 私が? 」
「だって、小夏にも長い耳があるじゃん」
たっくんが私のおさげ髪を手に取って、いたずらっ子の顔でプラプラと揺らしてみせる。
「みっ…… 耳じゃないもん!」
「ハハハッ、 小夏が怒った」
「怒ってないもん! 」
「ハハハッ」
顔を真っ赤にして反論する私を、青い瞳が楽しげに見つめてくる。
そうされると私はますます赤くなって、目を合わせていられなくて……。
だから、怒ってないのにムッとした顔をしながら、リンゴをフォークでプスッと刺して口に運んだ。
この日から、私はたっくんに『小夏』と名前で呼ばれるようになった。
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