たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
上 下
5 / 237
第1章 幼馴染編

4、小夏って呼んでもいいだろ?

しおりを挟む

「さあ、召し上がれ」

 目の前の料理を見て、たっくんは「わあ…… 」と感嘆かんたんの声を上げた。

 今日の夕食のメインはカレーライスで、付け合わせは福神ふくじん漬けとらっきょう。
 他にもテーブルには、トマトとオニオンスライスのサラダ、作り置きしてあった煮卵にたまごやレンコンのきんぴらが並んでいる。


 折原おりはら家のカレーは、オレンジ色の大きなホーロー鍋でじっくり煮込んだ野菜カレーだ。
 一度作ると最低2日間はカレーが続くことになるのだけど、その代わり2日目は牛肉や鶏肉を加えたりして具に変化をつけてくれる。

 今日はその2日目カレーの具がトンカツになった。

 母は昼間にパン粉をつけて下ごしらえしてあった豚肉を素早く揚げて大皿に盛ると、これまた大盛りのキャベツと共に、テーブルの真ん中にドーンと置いた。
 これをこのまま食べても良し、カレーに乗せてカツカレーにしても良しという、お好みスタイルだ。


 私はカレーが好物だったから、2日続こうが3日続こうが不満はなかったけれど、我が家の味をたっくんが気に入ってくれるだろうか…… ということが気になって、なんだか落ち着かなかった。

ーーいや、それよりも、こんなに急に誘ってしまって良かったのかな……。

 もしかしたら無理をしてるんじゃないかと心配になり、隣に座っているたっくんの横顔をのぞき見たら、ちょうどこちらを見ていた彼と目が合ってドキッとした。

「凄いね、これ、本当に食べてもいいの? 」

 パアッと表情を輝かせてそう言ったのを見て、どうやら迷惑では無さそうだとホッとする。



 私の母は、昔から面倒見のいい人だった。

 ふっくらした体型と、笑うと三日月みかづきのようになる目元が安心感を与えるのか、誰とでもすぐに打ち解けて、そのうちに愚痴ぐちや悩み相談まで受け始める。

 そのせいか、家族で社宅に住んでいた時には同僚どうりょうの奥さん連中のまとめ役みたいになっていて、みんなが家にお茶をしに来たり、家族でご飯を食べに来たりと、わりかし人の出入りが多かったように思う。

 今回もその面倒見の良さが発動したのだろう。

 母は、ドアの鍵を開けて真っ暗な玄関へ入ろうとしていたたっくんを呼び止めて、こう言ったのだ。

「良かったらうちでご飯を食べない? 」




 私の心配をよそに、たっくんはすさまじい勢いで1杯目のカレーを平らげると、母のすすめに応じて2杯目にも手を出していた。

「おいしい」をひたすら連呼れんこしての見事な食べっぷりに気を良くしたのか、母は冷蔵庫のタッパーから常備菜じょうびさいのサツマイモのレモン煮やりコンニャクまで出してきて、たっくんの目の前に次々と並べていく。
 最後はうさぎに飾り切りしたリンゴを小皿に乗せて持ってきた。

「わっ、スゲー!リンゴがうさぎになってる!」
「気に入った? 拓巳くん、好きなだけ食べてね」

「ありがとう! ……えっと…… 小夏のお母さん」
「あら、『おばさん』でいいのよ」

「でもお母さんが、女の人をおばさんって呼んじゃダメだって」
「まあ、そうなの……。じゃあ、『早苗さなえさん』とでも呼んでもらおうかしらね。おばさんの名前は早苗っていうのよ」

「分かった…… えっと…… ありがとう、早苗さん! 」
「ふふっ、どういたしまして」

 美少年から名前で呼ばれて満更まんざらでもないようで、母はたっくんの向かい側に座ると、ニコニコしながらたっくんの食べっぷりを眺めている。

「小夏、 お前のお母さん優しいな」
「…… 小夏?! 」

 急に名前を呼ばれてドキッとした。
 そう言えば何気にスルーしていたけれど、さっきもサラッと『小夏のお母さん』とか言ってたし。

「えっ、お前の名前、小夏じゃないの? 」
「小夏だけど…… 」

「えっ、名前で呼んじゃダメなの? 小夏って呼んでもいいだろ? 」
「別に…… いいけど…… 」

「へへっ、そんじゃ小夏な。 小夏、このうさぎリンゴ、小夏みたいじゃね? 」

 たっくんがリンゴを指差しながら私の顔を覗き込んできた。

「うさぎ? 私が? 」
「だって、小夏にも長い耳があるじゃん」

 たっくんが私のおさげ髪を手に取って、いたずらっ子の顔でプラプラと揺らしてみせる。

「みっ…… 耳じゃないもん!」
「ハハハッ、 小夏が怒った」

「怒ってないもん! 」
「ハハハッ」

 顔を真っ赤にして反論する私を、青い瞳が楽しげに見つめてくる。
 そうされると私はますます赤くなって、目を合わせていられなくて……。

 だから、怒ってないのにムッとした顔をしながら、リンゴをフォークでプスッと刺して口に運んだ。


 この日から、私はたっくんに『小夏』と名前で呼ばれるようになった。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

受けさせたい兄と受けたくない妹(フリー台本)

ライト文芸
受験生になった妹がインフルエンザの予防接種を受けに行くことになったが

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...