52 / 56
51、最高のパートナー side透 (2)
しおりを挟む定治と赤城に手を振ってゲートをくぐると、やっとヨーコと2人の世界が訪れた。
上級会員用のラウンジで並んで座り、ようやく一息つく。
「色々ありましたが、楽しかったデスネ」
「うん……やっと2人になれた」
「カイチョーさんは怖い印象がありましたが、優しくて楽しい方デシタ」
「うん……手を握ってもいい? それだとヨーコがカップを持てないか。俺、左側に移動してもいいかな」
「なんだか会話が噛み合っていませんヨ」
「うん、大丈夫。日本は楽しくて最高で、やっとヨーコの手を握れて嬉しいって事だ」
「フフッ……トオルは甘えん坊さんデスネ」
本当にその通りだ。
ヨーコと付き合ってからというもの、自分でもビックリするほど感情を抑えきれず、随分我が儘になっていると思う。
そして同時に、心が自由になったとも思う。
ヨーコと出会ったあの瞬間、自分の周囲の景色が色鮮やかに輝き始めた。
そして付き合い始めてからは、見るもの触れるもの全てに彼女を重ね、思いを馳せる様になった。
雨が降れば、彼女のヒールに泥水が跳ねてしまわないかと心配し、雨上がりの虹を見れば、彼女も見ているだろうかと、思わず頬を緩める。
オレンジや黒や茶色で飾られた、ハロウィン仕様のショーウインドウ。ヨーコも幼い頃には近所の家を回ってお菓子を貰ったのだろうか。
もうすぐ感謝祭だ。
ターキーの丸焼きは力仕事だから男がするものだと聞いたことがある。
今年は思い切ってチャレンジしてみようか。
料理はあまり得意じゃないけれど、定番のものから徐々にレパートリーを増やして行こう。
ターキー用の鉄板は何処で買えばいいんだろう。
それまで全く目に留めていなかった物が視界に飛び込んで来て、気にも留めていなかった事が気になり始める。
それはある意味面倒ではあるけれど、面倒ごとも含めて楽しいと思える自分がいる。
心が躍って、明日が来るのが楽しみで……日々新しい自分を発見しては、戸惑って嬉しくなって……。
「なんかいいな……こういうの」
「えっ?」
「搭乗までの待ち時間が退屈じゃないって、初めてだ。そして飛行機に乗るのが楽しみなのも」
「……そう言えば、一緒に車やサブウェイには乗りましたが、飛行機に乗った事は無かったデスネ」
「2人で経験していない事が、まだまだ沢山あるな」
「デスネ。経験済みの事だって、2人ですればきっともっと楽しいのでしょうネ。毎日が新しい発見ですネ」
自分がつい今しがた考えていた事をそのまま言われて、思わず表情が緩んでしまう。以心伝心だ。
「ヨーコ、俺、料理を覚えるよ。 ターキーとBBQは男の料理なんだろう? 」
「そう言われていますが、ローストターキーなら私の得意料理ですよ。グランマ直伝の味デス。家ごとにレシピが違うのですヨ」
「えっ、焼くのはお父さんじゃないの?」
「私の父は弁護士で忙しかったので、感謝祭の準備は母と祖母と3人でしていマシタ。腕力には自信があるので、力仕事はお任せクダサイ!エッヘン!」
自慢げに胸を張るのを見て、思わず「ぶはっ」と吹き出した。
心外な顔をされたけれど、これは決して馬鹿にした訳ではない。
漢前過ぎる婚約者に惚れ直したんだ。
「ほんっと、最高」
思わず肩を抱き寄せると、ヨーコは少し焦って周囲をキョロキョロと見回したけれど、それほど気にもされていないのを確認して、頭をコテンと肩に預けてきた。
甘えても弱音を吐いても受け止めてくれる相手がいる幸せ。
甘えて甘えられて、求めて求められて、愛して愛し返されて。
強く美しい天女は、ただついて行くだけでも守られるだけでもない。
海の向こう側から追いかけて来て、大泣きしながら現れて。
夫に殉ずるよりも、夫を死なせないために戦うと言い切った。
ーーいつだって君は、全力で突拍子もないことをしては俺を喜ばせるんだ。
「俺は……とんでもない女性を捕まえちゃったんだな」
「とんでもない?……後悔しているのデスカ?」
「フッ……とんでもない。大金星だ。お祖父さんも言ってただろ? 俺は最高のパートナーを手に入れたんだ」
「それではお互い様デスネ。私もトオルという最高のパートナーをゲット出来たので」
見つめ合って、そっと啄むようなキスをして。
ヨーコが周囲を気にする様に視線を動かしたけれど、その頬を両側から挟み込んで、今度はもう少しだけ長めのキスをした。
チュッ……と音をさせて離れたら、ヨーコが赤くなった頬に手を当てて、恥ずかしそうに俯いた。
「帰ったらもっとエロいことしような」
耳元に口を寄せて囁いたら、更に顔を真っ赤にして両手で顔を覆って……コクリと頷いた。
「さあ、ニューヨークに帰ろう」
立ち上がって手を差し出せば、当たり前に握り返してくる白い指先。
搭乗口への移動中、動く歩道で振り向いて、「一緒に住もうよ」そう言ったら、
「……喜んで」
猫みたいな茶色い瞳を潤ませて、左の頬にそっと唇が寄せられた。
0
お気に入りに追加
868
あなたにおすすめの小説
クリスマスに咲くバラ
篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる
ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。
だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。
あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは……
幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!?
これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。
※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。
「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜
有明 波音
恋愛
ホテル・ザ・クラウンの客室課に勤務する倉田澪は、母親から勧められたお見合いをやむなく受けるかと重い腰をあげた矢先、副社長の七瀬飛鳥から「偽装婚約」を提案される。
「この婚約に愛は無い」と思っていたのに、飛鳥の言動や甘々な雰囲気に、つい翻弄されてしまう澪。
様々な横やり、陰謀に巻き込まれながらも
2人の関係が向かう先はーーー?
<登場人物>
・倉田 澪(くらた・みお)
ホテル・ザ・クラウン 客室課勤務
・七瀬 飛鳥(ななせ・あすか)
七瀬ホールディグス 副社長
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事などとは一切関係ありません。
※本作品は、他サイトにも掲載しています。
※Rシーンなど直接的な表現が出てくる場合は、タイトル横に※マークなど入れるようにしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる