マジメ御曹司を腐の沼に引き摺り込んだつもりが恋に堕ちていました

田沢みん

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51、最高のパートナー side透 (2)

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 定治と赤城に手を振ってゲートをくぐると、やっとヨーコと2人の世界が訪れた。

 上級会員用のラウンジで並んで座り、ようやく一息つく。

「色々ありましたが、楽しかったデスネ」
「うん……やっと2人になれた」

「カイチョーさんは怖い印象がありましたが、優しくて楽しい方デシタ」
「うん……手を握ってもいい? それだとヨーコがカップを持てないか。俺、左側に移動してもいいかな」

「なんだか会話が噛み合っていませんヨ」
「うん、大丈夫。日本は楽しくて最高で、やっとヨーコの手を握れて嬉しいって事だ」
「フフッ……トオルは甘えん坊さんデスネ」

 本当にその通りだ。
 ヨーコと付き合ってからというもの、自分でもビックリするほど感情を抑えきれず、随分我が儘になっていると思う。
 そして同時に、心が自由になったとも思う。


 ヨーコと出会ったあの瞬間、自分の周囲の景色が色鮮やかに輝き始めた。
 そして付き合い始めてからは、見るもの触れるもの全てに彼女を重ね、思いを馳せる様になった。

 雨が降れば、彼女のヒールに泥水が跳ねてしまわないかと心配し、雨上がりの虹を見れば、彼女も見ているだろうかと、思わず頬を緩める。

 オレンジや黒や茶色で飾られた、ハロウィン仕様のショーウインドウ。ヨーコも幼い頃には近所の家を回ってお菓子を貰ったのだろうか。

 もうすぐ感謝祭サンクスギビングだ。
 ターキーの丸焼きは力仕事だから男がするものだと聞いたことがある。
 今年は思い切ってチャレンジしてみようか。
 料理はあまり得意じゃないけれど、定番のものから徐々にレパートリーを増やして行こう。
 ターキー用の鉄板は何処で買えばいいんだろう。


 それまで全く目に留めていなかった物が視界に飛び込んで来て、気にも留めていなかった事が気になり始める。

 それはある意味面倒ではあるけれど、面倒ごとも含めて楽しいと思える自分がいる。
 心が躍って、明日が来るのが楽しみで……日々新しい自分を発見しては、戸惑って嬉しくなって……。

 
「なんかいいな……こういうの」
「えっ?」

「搭乗までの待ち時間が退屈じゃないって、初めてだ。そして飛行機に乗るのが楽しみなのも」
「……そう言えば、一緒に車やサブウェイには乗りましたが、飛行機に乗った事は無かったデスネ」

「2人で経験していない事が、まだまだ沢山あるな」
「デスネ。経験済みの事だって、2人ですればきっともっと楽しいのでしょうネ。毎日が新しい発見ですネ」

 自分がつい今しがた考えていた事をそのまま言われて、思わず表情が緩んでしまう。以心伝心だ。

「ヨーコ、俺、料理を覚えるよ。 ターキーとBBQは男の料理なんだろう? 」
「そう言われていますが、ローストターキーなら私の得意料理ですよ。グランマ直伝の味デス。家ごとにレシピが違うのですヨ」

「えっ、焼くのはお父さんじゃないの?」
「私の父は弁護士で忙しかったので、感謝祭の準備は母と祖母と3人でしていマシタ。腕力には自信があるので、力仕事はお任せクダサイ!エッヘン!」

 自慢げに胸を張るのを見て、思わず「ぶはっ」と吹き出した。
 心外な顔をされたけれど、これは決して馬鹿にした訳ではない。
 漢前おとこまえ過ぎる婚約者に惚れ直したんだ。

「ほんっと、最高」

 思わず肩を抱き寄せると、ヨーコは少し焦って周囲をキョロキョロと見回したけれど、それほど気にもされていないのを確認して、頭をコテンと肩に預けてきた。

 甘えても弱音を吐いても受け止めてくれる相手がいる幸せ。

 甘えて甘えられて、求めて求められて、愛して愛し返されて。

 強く美しい天女は、ただついて行くだけでも守られるだけでもない。
 海の向こう側から追いかけて来て、大泣きしながら現れて。
 夫に殉ずるよりも、夫を死なせないために戦うと言い切った。

ーーいつだって君は、全力で突拍子もないことをしては俺を喜ばせるんだ。


「俺は……とんでもない女性を捕まえちゃったんだな」
「とんでもない?……後悔しているのデスカ?」

「フッ……とんでもない。大金星だ。お祖父さんも言ってただろ? 俺は最高のパートナーを手に入れたんだ」
「それではお互い様デスネ。私もトオルという最高のパートナーをゲット出来たので」

 見つめ合って、そっと啄むようなキスをして。
 ヨーコが周囲を気にする様に視線を動かしたけれど、その頬を両側から挟み込んで、今度はもう少しだけ長めのキスをした。

 チュッ……と音をさせて離れたら、ヨーコが赤くなった頬に手を当てて、恥ずかしそうに俯いた。

 「帰ったらもっとエロいことしような」
 
 耳元に口を寄せて囁いたら、更に顔を真っ赤にして両手で顔を覆って……コクリと頷いた。


「さあ、ニューヨークに帰ろう」

 立ち上がって手を差し出せば、当たり前に握り返してくる白い指先。

 搭乗口への移動中、動く歩道で振り向いて、「一緒に住もうよ」そう言ったら、

「……喜んで」

 猫みたいな茶色い瞳を潤ませて、左の頬にそっと唇が寄せられた。
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