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50、最高のパートナー side透 (1)
しおりを挟む「お祖父さん、赤城、見送りありがとう。そろそろ行くよ」
婚約祝いに定治がくれた高級腕時計、『パテック フィリップ』のカラトラバをかざして時間を確認すると、徹はヨーコのキャリーケースを持って、出発の意思を示した。
午後1時過ぎの羽田空港は、海外へ向かう乗客や見送りの人々でごった返している。
経済界のドンである定治が立っていても、気付く人も立ち止まる人もいない。
「今回はお前たち2人の仲睦まじい姿を見られて良かったよ。ヨーコさんにはBLの勉強もさせて貰ったしな」
「ハイ。私がオススメしたBLを読んで、感想文を送って下さいネ。宿題デスヨ!」
「勿論だとも。師匠の言う事は絶対なのでな」
初日の雛子ファンクラブを巡る闘いで勝利を収めたヨーコは、BLに関する話題でも定治と意気投合し、とうとう師匠と呼ばせるに至った。
クインパスの会長であり、いずれはヨーコを黒瀬家の嫁として指導する立場の定治だが、雛子ファンクラブではヨーコが会長。そしてBLに関しては師匠と仰ぐ立場なのだ。
ヨーコによると、そこは絶対に譲れないらしい。
「それじゃ、本当に行くよ」
「ちと待て」
「えっ?」
ーー早くヨーコとラウンジでゆっくりしたいんだけどな。
透が不満気な顔をすると、「飛行機でいくらでものんびり出来るだろう。もう少しヨーコさんと話をさせろ」と定治が苦笑する。
「ヨーコさん、雛子ファンクラブの会員番号の件なのだが……」
「ハイ、何デスカ?」
「ヨーコさんが1号なのは認めよう。だが私が3号というのは如何なものかな? どうだろう……私が2号で朝哉を3号にすることは……」
「ハイ、良いデスヨ」
ーーえっ、いいのか?!
そこは夫である朝哉の方が絶対に上だろう。むしろ1号にしてやってもいいんじゃないのか? 夫だぞ?
喉元まで出かかった言葉をグッと飲み込む。
ファンクラブに関しては透は部外者だ。ここは口を挟むところでは無いだろう。
……というか、余計なことを言ってヨーコに嫌われたくない。朝哉よりヨーコの方が優先順位が上だ。悪いな、朝哉。お前は今日から3号に降格だ。
「それと、透」
「はい」
「この度ヨーコファンクラブを発足したのでな、お前さえ良ければ5号として入会させてやるが、どうする」
ーーはぁ?!
「どうして5番手なんだよ!そこは俺が会長だろう。俺はヨーコの夫になる男だよ? 婚約者だよ?!」
「私と雛子さん、琴子に時宗。その次だから5番手でも仕方あるまい。嫌なら入会せずとも……」
「入会させていただきます」
即答していた。
一番下っ端なのは不本意だが、ファンクラブから爪弾きにされるのはもっと嫌だ。
会報とかヨーコ情報とかファンの集いは貴重だ。会員特典としてサイン入りブロマイドは貰えるのだろうか。
「カイチョー、トオルは私の大切な人なので、特別会員に昇格して下さい」
突然隣から神の声。
ーーヨーコ、愛してる!
「なんと、特別会員とな。しかし先に入会した琴子たちが何と言うか……」
「雛子ファンクラブの件ではトモヤを降格のうえ、カイチョーを2号に昇格させました。トオルを5号のままにするのであれば、カイチョーも3号に降格デス」
「ぐぬっ……分かった。その条件を呑もう。透は特別会員だ」
定治と合意の握手を交わすと、ヨーコは透にニコッと微笑みかけた。
「良かったデスネ、トオル。トオルは特別デスヨ」
キュン!
唇をアーチ型にして微笑むヨーコはまさしく神々しい天女だ。
ーー本当に凄いな。
彼女は玉手箱みたいだな……と思う。次から次にいろんな物が飛び出して来て、一緒にいて飽きることが無い。
朝哉の妻である雛子も黒瀬家の面々に気に入られているけれど、彼女の場合は庇護欲というか、祖父母が孫を可愛がる……又は愛らしいペットを愛でるソレと同じような感覚だと思う。
積極的でグイグイ引っ張って行くタイプの朝哉には、ピッタリの相手だろう。
ヨーコの場合は言うなれば『友達』、『同志』だ。
琴子は仲間内の集まりに嬉々として連れ回し、帰りには一緒にお茶をして女同士の会話を楽しむ。
定治に至ってはご覧の通り。
同じ趣味の仲間として、平等な立場で意見を闘わせ、それを楽しんでもいる。
今日の見送りだってそうだ。多忙なのだから赤城に任せるだけでいいものを、嬉々としてついて来たのは、ヨーコとまだまだ話をしたかったからだろう。
現に今もこうして引き留められている。
「ヨーコで良かった……」
思わず本音が口をついて溢れ出た。
「エッ、どうしたのデスカ?」
首を傾げて不思議そうに見てくる彼女が愛しくて堪らない。
早く2人で向かい合ってゆっくりお喋りしたい。指を絡めて見つめ合いたい。
自分でも余裕なさ過ぎだと思うし、お別れくらいゆっくりさせてやれよって思うけれど……。
「……お祖父さん、今度こそ本当に行くから。もう言い残した事は無い?」
「ハハハッ、いつも落ち着いていたお前が、せっかちになったものだな。いや、ヨーコさん限定か」
「そうだよ、ヨーコ限定だよ!悪いかよ。早く2人になりたいんだよ!ラウンジでお茶するんだよ!」
「よしよし、引き止めて悪かったな。それでは行って来い。達者でな」
「うん、ありがとう。赤城も……色々ありがとう」
「お気を付けて」
「カイチョーさん、赤城サン、お世話になりました。お元気で」
歩き出した背中に、
「透、でかしたぞ。良い伴侶を見つけたな」
優しくて力強い言葉をかけられて、胸一杯に何かが込み上げて来て……鼻の奥がツンとした。
隣を見ると、ヨーコが優しく目を細めて見つめていた。
「さあ、一緒に行きまショ」
差し出された手を握りしめたら、当たり前のように恋人繋ぎになって、そっと指を絡めて歩いた。
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