マジメ御曹司を腐の沼に引き摺り込んだつもりが恋に堕ちていました

田沢みん

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44、我慢しなくて良いのデスヨ (1) *

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「本日はどうもありがとうございました。今後とも、幾久しくよろしくお願い申し上げます」

「こちらこそ、ありがとうございました。今後とも、ヨーコをよろしくお願いいたします」

 両家が揃って頭を下げた所で、透とヨーコの結納が正式に整った。


 黒瀬家の大広間。
 床の間に飾られているのは、熨斗のし、目録、金包、友白髪ともしらが、末広の結納5品目。

 上座には、定治、時宗、琴子、そして透。
 向かいの下座には、ヨーコの祖母とヨーコが座っている。

 そして目の前にある黒檀こくたんの座卓には、ヨーコと祖母に挟まれる形で、大き目のノートパソコンが置かれている。
 その画面に映っているのはヨーコの両親。

 結納を執り行なうにあたって、アメリカに住んでいるヨーコの両親にもインターネットで参加してもらおうと提案したのは透だった。

『だってヨーコの晴れ姿をご両親も見たいに決まってる。俺もヨーコの振袖姿を見せたいし』

 そう言ってニッコリ微笑んだ透にヨーコは涙ぐみ、抱き着いた。
 こういう透の優しさが、ヨーコは大好きなのだ。


「俺たちでお祖母さんを送って来るよ」

 結納が終わり、ヨーコの祖母のためのタクシーが到着した所で、透がヨーコの手を引き立ち上がった。

「あら、だったら振袖から着替えて行けば?」
「いや、せっかく綺麗だから、このままで」

 琴子にそう答えて、そそくさと家を出る。

 ヨーコが着ている振袖は正絹しょうけんの手描き友禅で、琴子が長男の嫁となるヨーコにと買い求めた最高級品だ。
 濃赤地に扇や日本の四季花が描かれた古典柄は、美しいヨーコを更にエキゾチックで艶やかに見せている。

 3人でタクシーに乗り込み、無事に祖母を町田の家まで送り届けると、透はタクシーの運転手に新宿に向かうよう指示を出した。

「松濤に帰らなくて良いのデスカ?」
「嫌だ。帰ったらヨーコがみんなに取り囲まれて2人きりになれない」

「皆さん、きっと待っていますヨ?」
「メールしておくからいい。デートしようよ」
「デスガ……」

 明日の午後には透とヨーコは日本を発つ。
 結納を終えて落ち着いたところで、黒瀬家の皆も積もる話があるだろう。

 何せこの1週間は忙し過ぎた。
 結納品の準備などの手筈はサキが整えてくれたけれど、透とヨーコも婚約指輪を選びに行ったり、スーツや振袖を試着に行ったり写真館で記念写真を撮ったり。

 透は更に、その合間を縫って白石工業の研究開発センターに顔を出して、開発中の新型カテーテルの相談をしたり特許取得に向けての話し合いを重ねていた。


「父さん達とはこの1週間、嫌っていうほど顔を合わせたじゃないか。しかもヨーコをあちこち連れ回してさ」

 ヨーコは日本滞在中ずっと黒瀬家1階の客間を使用させてもらっていたのだが、琴子が大張り切りで連日ヨーコを連れ回し、買い物だけで無く、経営者夫人の集まりにまで同伴させていた。

「もう限界なんだよ……ヨーコはそうじゃないの?」

 顔を寄せ、耳元でそっと囁かれた。
 シートに置いている手を上からギュッと握られ、親指で指の間をスッと撫でられると、途端にそこから電気が流れて全身が痺れる。

「2人きりになりたいって思ってるのは、俺だけ?」
「……じゃ、無いデス……」

 顔を熱くしながら俯いて小声で答えると、透は新宿にある高級ホテルの名を告げた。



「ワオ、絶景ですネ!」

 窓から外を覗きながら、ヨーコが感嘆の声を上げた。

 2人が来ているのはホテル上層階のゲストルーム。
 このホテルはクインパスから近いこともあり、社の会合やパーティーでは、ここのバンケットルームを度々利用している。
 かつて朝哉と雛子が結婚式を挙げたのも、このホテルだった。

 だけどヨーコがゲストとしてホテルの部屋に入るのは初めてだ。
 クインパスが海外や遠方からのゲスト用に年間契約でおさえてるスイートルーム。
 その窓からの景色にヨーコは目を輝かせる。
 眼下には太陽の光を反射して煌めくビルディングと、アリの行列みたいな小さな車の列が見えた。


「やっとヨーコに触れられる……」

 後ろから抱きしめられ、うなじに吐息がかかる。

「フフッ、さっきも手を握ってたじゃないデスカ」
「意地悪だな」

 耳朶に唇が触れたと思ったら、軽く甘噛みされて、「あっ……」と声が出た。

「ヨーコがニューヨークからわざわざ追い掛けてくれたと知って、俺がどれだけ嬉しかったか分かる?」

 襟の合わせから右手が差し入れられ、肌襦袢の下の柔らかい膨らみに触れた。

「ブラは着けてないんだね」
「ハイ、着物の時は無い方が良いそうで……」

「今日、ヨーコの振袖姿を見た時から、このまま抱き潰したいって思ってた。我慢するのが大変だった」

 大きな手でやわやわと揉まれ、吐息が漏れる。

「大事な…っ……結納の最中に?」
「そう……大事な結納の間ずっと、エロいことばかり考えてた」
「フフッ……いけませんネ……あっ…」

「1週間同じ家にいたのに生殺し状態でさ……こんな艶っぽいヨーコを見せられて……勃たないはず無いだろっ!」

 後ろからお尻に硬いモノを押し付けながら、胸の先端を指でキュッとつままれて、腰が砕けそうになった。

「ああっ、ダメっ!」
「駄目なの? ヨーコはシたくない?」

 髪に顔を埋めながら言われて、下半身が疼く。

ーーそんなの、モチロン……。

 振り向いて透の首に腕を回すと、自ら顔を寄せて、囁いた。

「私だって……シたいデス。トオル……もう我慢しなくて良いのデスヨ」

 唇を重ねたら、グッと強く抱き締められて、舌が挿し入れられた。

ーーあっ、帯が崩れてしまう……。

 そう思ったのはほんの一瞬だけで、後は1週間ぶりの熱い抱擁に、無我夢中で身体を委ねるだけだった。
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