上 下
42 / 56

41、その想い、受け止めマシタ。

しおりを挟む

「それでお見合いに漕ぎ着けてね、私の事を覚えていますか? って聞いたら、勿論ですよ……ってニコッと微笑んでくれて」

 茜はその時の情景を思い浮かべながら目を細める。

 お約束の、『後は若いお二人だけでごゆっくり』で、日本庭園を歩きながら話をしたのだと言う。
 あの日のパーティーでの事、9月からのニューヨーク行きの事。 話題は尽きる事なく、会話が弾んだ。

 だけど良い雰囲気だと思っていたのは茜だけだった。

「今は仕事に精進したい。それ以外のことは考えられないし、一生結婚も出来ないと思う。あなたに素敵な出会いがある事を祈っています……って」

 言い方は柔らかいけれど、要はその場でフラれてしまったのだ。

 それでも、『今は・・仕事に集中したい』と言っていた。
 だったら仕事が落ち着いたらどうだろう? だって彼が好きな人には既に想い人がいるのだ。
 これから一生その人を想っているわけでも無いだろうし、ニューヨークにいる間に恋心が消えて新しい恋をする気になるかも知れない。

 だから両親に『透さんの帰国を待ちたい』と言った。
 それまで恋愛に前向きではなかった娘が珍しく積極的になったのを見て、両親は『それなら』と黒瀬家に帰国後まで待たせて欲しい旨を伝えた。

 そして今日、透が緊急帰国して来た。


「良い話では無いかも知れないな……とは思っていたの」
「エッ、そうなのデスカ!」

 思わず大きな声が出てしまい、ヨーコは両手で口を押さえた。

「帰って来いって電話して来たのは母親だったんだけどね、 どうも歯切れが悪い感じで……嫌な予感はしてたの」

 それでもほんの少しは期待もしていたのだと言う。
 たぶん駄目だろう。でも、もしかしたら……。

「だけど、家の前にあなたがいて、それが透さんが言っていた理想そのままの女性で……」

 ヨーコがニューヨーク支社にいると聞いた時点で、予感が確信に変わった。彼らはニューヨークで一緒に働いている。会ってしまったのだ。

 そしてヨーコが透を追い掛けて日本に来たと聞き、彼の想いが成就した事を悟ったのだった。


「透さんは、お見合いを断りに来るのでしょう?」

 顔を覗き込みながら聞かれて、ヨーコは答えに詰まった。

ーー私が何を言っても……結局は彼女を悲しませるのデスヨネ。

 だって、透を巡る戦いの勝敗はもう決している。
 ここでヨーコが申し訳なさそうにしても、それは所詮、勝者の余裕でしか無い。

 今の彼女は同情なんて欲しくないだろう。
 だから彼女が正直に話してくれたように、ヨーコも自分の気持ちを真っ直ぐに伝える事にした。


「私も……トオルの笑顔が好きなのデス」

 過去の恋愛によるトラウマ。現実の恋愛から逃げてBLの世界で満足していた自分。
 透と出会い、心から好きな人と一緒にいる喜びを知ったこと。
 身分差への葛藤と戸惑い。透の父親、時宗からの厳しい言葉。

 一度は諦めるべきだと思って……だけど出来ずに追い掛けて来た。仲間が背中を押してくれた。

「もう私1人だけの気持ちでは無いのデス。だから私もトオルを諦めるわけには行かないのデス」

「……そう。透さんの想いが届いて、ヨーコさんもトラウマから抜け出せて……良かったわ」

「お優しいのデスネ」

 だって人を好きになる喜びも苦しみも、今なら良くわかる。
 透が帰国したと聞いて急いで帰って来る茜の気持ちも……。

「ううん、だって私は……きっとまだ、あなた程の深い気持ちにはなっていないわ。最初から片想いのままだったんですもの」

 ただの邪魔者ね……と自虐的に微笑む彼女に、今度こそかける言葉を失った。

「さあ、そろそろお出迎えの準備をしなくちゃ」

 スッと立ち上がってドレスのシワをのばす彼女を見上げて、それでもヨーコは、これだけを告げた。

「アカネさん……私はあなたのようなステキな方がライバルで良かったデス」

「ふふっ……ライバルだと思っていただけるなんて、光栄だわ」

 颯爽と去って行く後ろ姿を見送りながら、自分と出会わなければ、透はいずれ、茜と結婚していたのではないだろうか……と思った。

 だってそれほど彼女は素敵な女性だった。家柄も条件も申し分無く、周囲にも簡単に認められるだろう。

 だけど……。

 もしもの話をしたって仕方がない。
 その前に透とヨーコは出会い、そしてニューヨークで再会してしまった。
 そして何より……

ーー私だってもう、透を諦めるなんて出来ないのデス。

 もう駄目かもしれないと思いながら、決死の覚悟で日本まで追い掛け、この本城家にまで来てしまったのだ。

 恋のためなら人はどこまでも愚かになるのだと知った。
 そして愚かにも必死になっている自分が、嫌いではないのだ。


 植え込みの陰で息を潜めながら、居間へと続く大きなスライドドアを見つめる。

 中からこちらに向かって立つ茜の姿が見えた。
 ガラスが反射してハッキリは見えないけれど、その後方に人の姿が見える。黒瀬家の面々だ。

 手を広げ、白いレースのカーテンの端を持つ茜と目が合った。
 彼女が無言で頷いて、ヨーコも頷き返して……シャッとカーテンが閉じられた。

ーーアカネさん、ありがとうございます。あなたのその想い……しかと受け止めマシタ!

 ヨーコは急いで立ち上がると、腰を屈めてスライドドアの横の壁にピッタリと背中をつけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「絶対にキモチイイと言わせてやる」 私に多額の借金を背負わせ、彼氏がいなくなりました!? ヤバい取り立て屋から告げられた返済期限は一週間後。 少しでもどうにかならないかとキャバクラに体験入店したものの、ナンバーワンキャバ嬢の恨みを買い、騒ぎを起こしてしまいました……。 それだけでも絶望的なのに、私を庇ってきたのは弊社の御曹司で。 副業がバレてクビかと怯えていたら、借金の肩代わりに妊娠を強要されたんですが!? 跡取り身籠もり条件の愛のない関係のはずなのに、御曹司があまあまなのはなぜでしょう……? 坂下花音 さかしたかのん 28歳 不動産会社『マグネイトエステート』一般社員 真面目が服を着て歩いているような子 見た目も真面目そのもの 恋に関しては夢を見がちで、そのせいで男に騙された × 盛重海星 もりしげかいせい 32歳 不動産会社『マグネイトエステート』開発本部長で御曹司 長男だけどなにやら訳ありであまり跡取りとして望まれていない 人当たりがよくていい人 だけど本当は強引!?

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

性欲のない義父は、愛娘にだけ欲情する

如月あこ
恋愛
「新しい家族が増えるの」と母は言った。  八歳の有希は、母が再婚するものだと思い込んだ――けれど。  内縁の夫として一緒に暮らすことになった片瀬慎一郎は、母を二人目の「偽装結婚」の相手に選んだだけだった。  慎一郎を怒らせないように、母や兄弟は慎一郎にほとんど関わらない。有希だけが唯一、慎一郎の炊事や洗濯などの世話を妬き続けた。  そしてそれから十年以上が過ぎて、兄弟たちは就職を機に家を出て行ってしまった。  物語は、有希が二十歳の誕生日を迎えた日から始まる――。  有希は『いつ頃から、恋をしていたのだろう』と淡い恋心を胸に秘める。慎一郎は『有希は大人の女性になった。彼女はいずれ嫁いで、自分の傍からいなくなってしまうのだ』と知る。  二十五歳の歳の差、養父娘ラブストーリー。

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

処理中です...