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22、別れてくれて、ありがとう
しおりを挟むミッドタウンのタイムズスクエア。巨大なライオンキングの看板がある『ワン・アスター・プラザ』の前で、世界一会いたくない相手に再会した。
「イアン……どうして……」
最悪のファーストキス。
痛みしか無かった未遂の行為。
変態扱いされた高校時代。
目眩がして一歩後ろに後ずさると、つかさず透が抱きとめてくれた。
「ヨーコ、彼は?」
チラリとイアンに視線を飛ばしながら、透が小声で聞いてきた。
「高校の時の……」
それだけで把握したのだろう。途端に険しい表情になって、肩を抱く手に力を込めた。
「……行こう」
無視して通り過ぎようとした時、すれ違いざまに「待てよ」と腕を掴まれる。
全身に悪寒が走り、「ヒッ」と声にならない悲鳴が漏れた。
「触るな!」
「うわっ!」
ーーえっ、ウソ……。
ほんの一瞬で、イアンの腕が外側に向けてグイッと捻られている。
彼の手首を掴んで捩り上げているのは、他でもない透だった。
いつもの柔らかい笑みは消え失せて、鬼のような形相でイアンを睨み付けている。
「俺の彼女に気安く触らないでくれ。穢れる」
透が流暢な英語で、だけど恐ろしく低い声音でそう言うと、イアンは「はっ」と鼻で笑い、ヨーコに視線を向けた。
「ヨーコ、お前、変態のくせに男と付き合えてるのか」
そして今度は透に向かって、
「あんた、この女と付き合ってるの? それじゃいい事教えてやるよ。こいつ、男同士のセックスに興味がある変態……ッ、うあっ!」
言い終わらないうちに、更に腕を捻られて悲鳴を上げた。
そのままグイッと道路に転がされ、路上に尻餅をついて唖然としている。
動くのも忘れ、後ろ手に道路に手をついている男を、透は氷のような冷たい視線で見下ろした。
「あんた、イアンとか言ったっけ? ああ、思い出したよ。女を喜ばせるテクニックも無いくせに無理矢理襲いかかって、おまけに粗チン過ぎて満足もさせてやれなかった能無しのヘンタイレイプ野郎だったな」
その後も透は、本場のアメリカ人でさえも滅多に使わないようなFワード(禁止用語)をこれでもかとぶつけまくった。
「LGBTへの理解が深まりつつある現代社会において、お前のような偏った考え方をするヤツは逆に批判の対象だ。出世も望めない。人間としても社会人としても底辺の人生を送るがいいさ」
そして何が起こっているのか分からずただただ立ち尽くしていたイアンの友人に向かって、
「あんたもこんな男といたら自分の評価まで落としてしまうぞ。付き合う人間を選んだ方がいい」
キッパリと言い切った。
初めて見た鬼バージョンの透にヨーコが言葉を失っていると、
「さあヨーコさん、ミュージカルを観に行きましょうか。せっかくあなたのために予約したプレミアムシートが無駄になってしまう」
そう言って笑顔で腰に手を回す。
だけどまだ言い足りなかったのか、一歩進んだだけで足を止め、クルリと振り向いて鷹揚に言ってのけた。
「ああ、ちゃんと御礼を言っておかなくちゃいけないね。ヨーコと別れてくれてありがとう。お陰で俺はBL好きでキュートでセクシーな最高の彼女を手に入れることが出来たよ。御礼に君にもプレミアムシートの一つや二つ、プレゼントしてやってもいいんだけどね、君が近くにいると俺の大事な彼女が吐き気を催すみたいだから無理なんだ」
そして最後に、
「いい女を嗅ぎ分けるのも、男の能力の一つだよ、粗チン君」
口角を上げながら言い捨てると、ヨーコの腰を抱いてホールへと入って行った。
*
「ハハッ、言ってやった!」
席につくなり、透はシートに深くもたれてヨーコにニッと微笑みかけた。
彼女の手を取って自分の脚に乗せると、上から優しく包み込む。
「あんなヤツに絡まれて怖かったでしょう。大丈夫?」
「大丈夫……むしろスッキリしまシタ。ザマアミロですヨ。それよりも私は、鬼バージョンのトオルにビックリしてマス」
穏やかで絶対に喧嘩なんてしない人だと思っていたから、さっきの豹変ぶりは驚きの連続だった。
「あまりの毒舌にビックリして、度肝を引っこ抜かれてしまいましたヨ」
「ハハッ、度肝を引っこ抜かれちゃいましたか、それは大変だ。だけどあんなのは、ただの嫉妬ですよ」
「えっ?」
「俺より先にヨーコにキスして素肌に触れたと思ったら、殺意が湧いてしまいました。殺して逮捕されたらあなたに会えなくなると思って我慢しましたが」
ーーまさかの武闘派デスカ?!
聞けば透は幼い頃に合気道を習っていたのだと言う。
黒瀬家の人間は、幼い頃から望めばどんな習い事もさせてもらえたが、護身術としての武道は必須だったのだと言う。
暴漢や誘拐犯に備えて自分で身を守る術を身に付けておかねばならないからだ。
「俺はそんなに運動が得意では無かったので、ゆっくりした動きで受け身でありつつ相手を撃退出来る合気道を選んだんです」
指を絡めて口元に持って行くと、5本の指に順に口づけていく。
「今まではあまり必要性を感じなかったけれど……あなたを守れて良かった。これからはもっと鍛えて、指一本、髪一本にさえ触れさせないようにします」
熱い眼差しで見つめられて、隣にいる恋人への愛しさが募る。
肩にコテンともたれ掛かって、小さな声で囁いた。
「トオル、ありがとうゴザイマス。大好きデスヨ。アパートに戻ったら、チョコレート味もイチゴ味も、いっぱいイッパイ試しましょうネ」
「ぐっ……ヨーコさん……俺、多分今日はもうミュージカルの内容が頭に入らない」
「良いのデスヨ。こうして手を繋いで一緒に観るコトに意味があるのデス」
指をしっかりと絡めてぴったりとくっついて……。
荘厳なオープニング曲が流れ始める中、ヨーコは今夜こそBLで学んだ知識を駆使して、たっぷり御奉仕をしてあげようと心に誓うのだった。
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