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4、チョロインじゃないデスヨ!
しおりを挟む電話の音で目が覚めた。
ーーうっ……うるさいデスネ! 頭がガンガンします~。
サイドテーブルでスマホがブルブルと震えていたけれど、とりあえず無視をした。
仕事の無い日曜日の朝に電話を掛けてくる奴にロクなのはいない。
しばらくしたら、今度はリビングルームの方からブザーの音。
壁に取り付けられているドアホンの呼び出し音だ。
このアパートを訪問した人は、1階の玄関の入口にある部屋ナンバーを押して、その部屋の住人がロックを解除しないと中に入れない。
ーーもしや急用?!
先程の電話は会社の用事だったのではと思い立ち、スマホを手に取って見ると知らない番号。
もう一度ブザー音が聞こえて来たので、慌ててダッシュしてドアホンに応答した。
「ハロー?」
『……黒瀬透です』
ーーへっ?
どうして彼がアパートに? というか何故この住所を、そして部屋番号まで知っている?
ズキズキと痛む頭で考えたけど何も浮かばなかったので、とりあえずエントランスのロックを解除した。
しばらくすると部屋のチャイムが鳴ったので、ガチャリとドアを開けると、そこには胸に馬のマークがついたネイビーのポロシャツにホワイトパンツという、いかにも『お坊っちゃま風』の爽やかな装いの透が立っていた。
しかも赤い薔薇の花束を抱えている。
今日は何かの記念日だったのだろうかと訝しく思いながら、「御用件は?」と聞いてみる。
「BL講習会を受けに来ました」と、頬を掻きながら困ったように言われた。
「はぁ?!」
ーーBL講習会……ですとっ!
どうしてBL好きがバレている?!
「昨日の帰りに、今日アパートに来るようにと言われたので……。女性のお宅を訪問するのに何を持っていけば良いのか分からなくて、これを……」
ヌッと花束を差し出され、咄嗟に受け取っていた。
男性から花束をプレゼントされるなんて、カレッジの卒業式に父親から貰って以来じゃないだろうか。
「あの……どうぞお入り下さいナ」
どんな経緯でこんな事になっているのかは分からないけれど、ドアを開けたまま廊下でずっと立ち話というわけにもいかない。
昨夜の詳細も聞いておきたいので、中に入ってもらうことにした。
「わぁ、感動だな……」
ドアの鍵を閉める時、何故だかとても弾んだ透の声が聞こえた。
シャワーを浴びて着替えてからリビングに戻ると、透は案内した時の姿勢のまま、ソファーで背筋を伸ばして座っていた。
2人分のコーヒーカップをガラステーブルに置くと、弾かれたように顔を上げる。
「今日は、その……突然来てしまって、申し訳ありませんでした」
「私が誘ったのデスヨネ? だったらトオルさんが謝る必要無いデス」
昨日は調子に乗って飲み過ぎた。後半の記憶が飛んでいる。
『酔ったヨーコが自分でBL好きをカムアウトし、BLに無知な透に講習会を開いてやると約束した。竹千代と2人でタクシーでアパートまで送って行ったら、帰り際に、明日絶対に来るようにと念押しされた』
これがヨーコが透から聞いた昨夜の顛末だ。
急な訪問に驚いたけれど、自分から呼んだのなら仕方がない。それにBL好きと聞いても避けるどころか学びたいとは、なかなか良い心掛けではないか。
「それではトオルさん、まずは初心者向けの作品を読んでいただきマス」
「はい」
ガラステーブルにキス止まりの初心者向けBLを3冊並べると、透が手に取って開くのを待ち、自身も隣で自分のお気に入りを読み始めた。
*
「ヨーコさん、俺、この話が好きです。幼馴染がお互いに高3まで気持ちを言えずにいるって……」
「ああ、ソレは両片想いのジレジレものデスネ」
「『両片想い』、『ジレジレ』……ですか」
透がスマホの画面に『両片思い / 両思いなのにお互いに気が付いていない状態』、『ジレジレ / 関係がなかなか進展せず読者が焦れる状況』と打ち込んだ。
さっきからヨーコに説明を聞いてはスマホにメモしている。
ちょっとした興味本位かと思ったら、かなり真剣なのに驚いた。
「トオルさんはマジメなのですネ」
「ハハッ、俺は朝哉と違って真面目しか取り柄が無いから……」
「ドウシテそこでトモヤが出てくるのデスカ?」
「えっ、だって大抵の女性は朝哉みたいなタイプがいいに決まってるから……ヨーコさんだってトモヤみたいな男性が好きでしょう? あっ、すいません。ヨーコさんは同性の恋愛にしか興味ないんでしたよね。すいません」
「へっ、何言ってるのデスカ?」
「えっ?」
「BLは同性愛のお話デスガ、レズビアンではありませんヨ、ゲイデスヨ。そして私はBLが好きデスガ、同性愛者ではありません。全人類を愛してますヨ」
「ハハッ、全人類……ヨーコさんらしいですね」
いや、問題はそこじゃなくて……。
「トオルさんは良い人デスヨ」
「いい人……ですか」
「良い人ですヨ。会ったばかりなのに一緒にいて疲れません。私はトモヤが好きデスガ、トオルさんも好きですヨ。ヒナコもタケも、み~んな大好きデス。誰が一番とか無いですヨ」
「そうか……俺はチーム朝哉のメンバーと同レベルにはなれたのか……」
透が少し寂しげに微笑む。
確か1つ年上のはずなのに、童顔のせいなのか、キャラのせいなのか、どうにも庇護欲をそそられるというか……。
「トオルはいい男ですからネ! ここまでBLに興味を持ってくれる男性は他にいませんよ。嬉しいデス」
「俺も……ヨーコさんの趣味が知れて嬉しいです」
フワッと微笑まれて、何故だか胸の奥がキュッとなった。
「えっと……トオルさん、もう少しBL本のレベルをアップしてみますか?」
なんだかしんみりした雰囲気なのを払拭したくて、BL本のレベルアップを勧めてみると、透は大喜びで食いついてきた。
そして……。
「ヨーコさん、こっちの話も良かったです! 愛のために暴力団を抜けるとは、感動ですね」
「そうデショ、そうデショ!これは映画にもなったのデスヨ! DVD観ますか?」
「観たいです!」
「トオル、もっと飲みナサイ! 今日は無礼講だ!」
「はい!」
「楽しんでマスカ? 飲んでるか?」
「はい……ハハッ、めちゃくちゃ楽しいや」
「私も……楽しいデスヨ」
ソファーで隣り合って座って、BL本を読んで、映画を観て、飲んで食べて……。
2人きりで会うのは今日が初めてなのに、全然不快じゃない。むしろ居心地がいいし楽しくて仕方がない。
酔いが回ってきた。
フワッとして透の肩にトンと頭が触れたら、そのままグッと肩を抱き寄せられた。
うん、これも嫌じゃない。
「ヨーコさん……」
耳元で名前を呼ばれて顔を上げた。
「好きです……」
と言われたような気がする。
触れた唇が思いのほか熱くて柔らかくて……そこから先は、全てが未知の世界だった。
これは所謂……チョロインというやつ……なのか?
ーーいやいや、違うカラ!
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