戦場立志伝

居眠り

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魔の手

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 四面楚歌となった裏切り者のウォーベックは冷たい汗をかきながら拳銃を腰のホルダーから抜きとった。
そしてオブライエン少将が映るモニターに銃口を向ける。
「ふざけるな…ふざけるなぁ!ふざけるなぁっ!!私は投降せんぞ!逃げ切ってやる!貴様ら薄汚い軍人共に私の金は渡さんからなぁ!!!」
そう言って三発の銃弾をオブライエン少将の顔に撃ち込んだ。
モニターは当然故障し、輸送船クルーにとっての最善策は露と消えた。
一言も発しないクルー達に振り向き、ウォーベック子爵は銃口を向けつつ指示を飛ばした。
「ワープだ!早くワープしろ!」
その声に反射的に機関長がワープの速度に達するようにレバーを引いた。
輸送船キャンベラの艦尾にあるエンジンが赤色から青色、白色へと変化していく。
「ワープまであと三十秒!」
「行ける、行けるぞ!」
オペレーターの声に呼応して興奮するウォーベック子爵。
「敵機接近!」
「何!?輸送船の対空砲では無力だが…撃て!撃てぇ!!」
黙り込む艦長に変わって子爵が怒声をあげる。
輸送船キャンベラに搭載されている六門の対空砲を操作する操縦士達が急速接近するエリザベスを全力で迎撃する。
しかし当たらない。そもそも戦闘機を墜とす為に必要な弾幕を輸送船は張れない。
更に言うとそのエリザベスは赤薔薇、そしてその背後に青薔薇がいた。
パイロットはもちろんアーサー大佐、ウィリアム中佐だった。
赤薔薇は輸送船キャンベラの背後に滑らかに回り込み機銃を的確にエンジンに叩き込む。
火を吹き上げ小爆発を繰り返したエンジンは完全に停止した。
「機関破壊!!機関が、機関が破壊されました!ワープ不可能!航行不能です!」
大声で告げた機関長の言葉が艦橋内を満たし終えると同時に艦長が指揮席よりずり落ちた。
失神したのである。
その姿があまりにも生気を欠いていた為、クルー達が言葉を失っていると今度は青薔薇が艦橋目掛けて突っ込んで来る。右翼からはビームサーベルが展開している。
艦橋の状態を知らない対空砲士達が薄い弾幕を作るもなんらダメージを与えられない。
そしてそのまま輸送船キャンベラの艦橋を斬り裂いた。
接近する自らの死を体現する赤い刃を見つめたウォーベック子爵はでっぷりとした腹をビームサーベルで蒸発されながら真っ二つにされ、絶命した。
艦橋も上下に分断され、その後五分ほど輸送船キャンベラは耐えていたが機関爆発により撃沈した。
移住歴四百二十七年、帝国歴三百十五年十月三日午後十二時二十分の出来事だった。
その日は奇しくもピーター・フォン・ブレーメン中将が戦死した日でもあった。

「輸送船キャンベラを撃沈。ウォーベック子爵の遺体は捜索中。おそらく艦橋に居たため死亡したものとする。ミッション・コンプリート」
「兄上、お疲れ様だぜ」
オブライエン少将に報告した赤薔薇ことアーサー大佐は近づいて来る兄弟機を振り返って見た。
すぐに回線を繋ぎ、顔を見る。
通信パネルに映るウィリアム中佐の顔は苦々しげにキャンベラの残骸を見つめているようだ。
「それにしてもどれだけの機密情報が漏洩したんだ?ウォーベックの奴め!」
「分からん。しかしウォーベックの魔手に染められた者はまだいるだろう。早急に対処しなければな」
「勘弁してくれよ…。エドワードが気づかなかったらもっと大変だったんだろうな」
「そうだな。とにかく帰投するぞ。ここからは軍務大臣と法務大臣、それに監察大臣の仕事だ。…何も起きなければ幸いだが…」
そうアーサー大佐はつぶやきつつ減速した。母艦に着艦する為である。
アーサー大佐の座乗する船は戦艦セント・ヴィンセントⅢである。
ウィリアム中佐はこの船の空戦隊五機の隊長。
アーサー大佐は艦長ではあるが主に実戦指揮は副長のウォーレス・レッド・ロックハート中佐だ。ロックハート中佐はいつもいつも愛機を駆って戦場を飛翔する艦長を頭痛の種にしている。理由は言うまでもない。
副長に第十三艦隊より離脱し、”ジェームズ”に帰還するように指示をしてシャワーを浴びた。自室の椅子にバスローブ姿で報告書や書類を流し見しつつ的確に回答や指紋によるサインをしていると壁に固定されているホットラインが赤く輝いてけたたましい音を鳴らす。
ホットラインが使われる時は大体限られている。
ホットラインはバッキンガム宮殿と直接繋がっている。
そして内容はほぼ凶報や急報だ。
彼自身がホットラインを受けたのは人生で二回。
叔父ランカスター大公が病死した時と弟のエドワード皇子が去年心筋梗塞で緊急手術すると言われた時のみだ。共にセント・ヴィンセントⅢに乗艦し、哨戒任務をしていた時だった。
嫌な予感とともに受話器を取って耳を当てる。
「はい。セント・ヴィンセントⅢ艦長、アーサー大佐です」
「兄上!エドワードです!兄上!」
「どうした、落ち着け!お前らしくない」
そう諭そうとしたアーサーの耳を今にも泣きそうなエドワードの声が貫く。
「父上が!父王陛下が!!暗殺されました!!!」
思わず息が止まり、受話器を落とした。

ガンダー帝国第十六代皇帝ジェームズ九世は移住歴四百二十七年、帝国歴三百十五年十月三日午後三時五分。その命を宇宙ではなくコロニーで散らした。
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