28 / 63
第一次リーコン沖会戦
しおりを挟む
十月二日午後十一時五十八分。
艦内で猛火が荒れ狂うユーゴスラビアでは乗員たちが次々と脱出していた。
船体前部は大爆発で消滅し、中央部はほぼ全てのブロックが火災に見舞われていた。
唯一船体後部だけはまだ火災はまばらだった為無事な者が救命艇や単身、スペーススーツで脱出を開始していたのだ。
だが退艦許可は艦橋から下りてはいなかった。そう。艦橋からは。
大爆発の後、艦橋と通信が途切れたのだ。
直接行こうにも衝撃で艦内はあちこちひしゃげている為近づけない。彼らは各自の判断で脱出しているのだ。
その艦橋内では…。
「閣下、閣下!ご無事ですか!?」
ピーター中将の参謀ペルツ大尉が駆け寄ると中将は苦痛の声をあげた。
「………なんということだ…」
中将の腹に大小三本、胸に一本大きなガラス片が刺さっていたのだ。
そのガラスは艦橋の前部展望ガラスのものだった。大爆発の波動でガラスにヒビが、格納庫の誘爆で完全に破壊され艦橋要員が吸い出されたのだ。
戦闘時はスペーススーツを着用するのは義務づけられているので窒息死する者はいないが急激に空気が吸い出される為、その勢いで艦橋内の壁に体をぶつけ気絶している者や打ちどころが悪ければ死亡してしまった者もいた。
ピーター中将は指揮席でベルトを着けていたので吸い出されずに済んだがそれが災いして飛んでくるガラス片を避けれなかったのだ。
出血もさることながらスペーススーツに徐々に空気が出てしまっている為大変危険だった。
「閣下!今すぐ救命艇を呼びますのでしばしお待ちを!」
「もう…手遅れだ…」
「閣下!!」
思わず大尉は大声で叫んだ。
「騒ぐな…このスペーススーツの下は…血だらけだ。…ペルツ大尉…貴官は生き残って…奴に伝えて貰わねば…ならんことがあるのだ…」
「奴…とはハルコルト提督のことですね?」
ピーター中将とハルコルト中将の仲の悪さは連合艦隊中に知られていた。ことあるごとにハルコルトの悪口を言っていた彼だった。彼の息子も同じ様なことをしていた。
「そうだ…我が妻の墓は毎年手入れをすること…以上だ」
「閣下…!」
ペルツ大尉はヘルメットの中を涙で満たしながら頷いた。彼もピーター中将の状況を察し脱出の決意を固めた様だった。
ピーター中将は艦と運命を共にした艦長の顔を見た。彼は顔にガラス片を直撃し、死亡していた。即死だろう。
「早く行けっ!…ユーゴスラビアはもう持たん…」
その声を聞いてペルツ大尉は艦橋の壊れた前部展望から脱出していった。
それを見届けたピーター中将は息子のことを考えた。
奴と仲良く、父親らしく振る舞えたのはいつまでだったろう。
あの憎らしい顔が愛おしくて仕方なかったのはいつの頃だったのだろうか…。
若造のくせに父を軽視する小僧と思っていたが自分にも非があったのか?
わからない。その答えを知りたい。
だが死神は無情にも彼の命を死者の門へと誘った。
移住暦四百二十七年、帝国暦三百十五年十月三日零時三分。
ピーター・フォン・ブレーメン中将戦死。享年六十一歳。
彼はこの会戦での功績を称えられ二階級特進で元帥となった。
航宙戦艦ユーゴスラビア機関室では一人も離脱者を出さなかった。皆がその意志あっての行動ではない。機関長が退艦を許可しなかったからだ。
「機関長!船体が大きく揺れた上、爆発が起こっているのに何故退艦させてくれないんです!?」
「退艦はならん!艦橋からの命令が来るまで…………」
その声の主、初老の機関長が叫び終えることはなかった。機関室まで火炎がきてエンジンに引火し大爆発を起こした為だ。
二十二名の機関科員は即死した。
さらにこの二度目大爆発で完全にユーゴスラビアは崩壊した。
後部主砲が爆散し、エンジンの爆発によりユーゴスラビアの船体が大きく震え各所で火が吹き出し、艦橋をも飲み込んで爆沈した。
近くにいた航宙戦艦ユードレスも爆沈に巻き込まれ沈没した。
第一次リーコン沖会戦は引き分けに終わった。
艦内で猛火が荒れ狂うユーゴスラビアでは乗員たちが次々と脱出していた。
船体前部は大爆発で消滅し、中央部はほぼ全てのブロックが火災に見舞われていた。
唯一船体後部だけはまだ火災はまばらだった為無事な者が救命艇や単身、スペーススーツで脱出を開始していたのだ。
だが退艦許可は艦橋から下りてはいなかった。そう。艦橋からは。
大爆発の後、艦橋と通信が途切れたのだ。
直接行こうにも衝撃で艦内はあちこちひしゃげている為近づけない。彼らは各自の判断で脱出しているのだ。
その艦橋内では…。
「閣下、閣下!ご無事ですか!?」
ピーター中将の参謀ペルツ大尉が駆け寄ると中将は苦痛の声をあげた。
「………なんということだ…」
中将の腹に大小三本、胸に一本大きなガラス片が刺さっていたのだ。
そのガラスは艦橋の前部展望ガラスのものだった。大爆発の波動でガラスにヒビが、格納庫の誘爆で完全に破壊され艦橋要員が吸い出されたのだ。
戦闘時はスペーススーツを着用するのは義務づけられているので窒息死する者はいないが急激に空気が吸い出される為、その勢いで艦橋内の壁に体をぶつけ気絶している者や打ちどころが悪ければ死亡してしまった者もいた。
ピーター中将は指揮席でベルトを着けていたので吸い出されずに済んだがそれが災いして飛んでくるガラス片を避けれなかったのだ。
出血もさることながらスペーススーツに徐々に空気が出てしまっている為大変危険だった。
「閣下!今すぐ救命艇を呼びますのでしばしお待ちを!」
「もう…手遅れだ…」
「閣下!!」
思わず大尉は大声で叫んだ。
「騒ぐな…このスペーススーツの下は…血だらけだ。…ペルツ大尉…貴官は生き残って…奴に伝えて貰わねば…ならんことがあるのだ…」
「奴…とはハルコルト提督のことですね?」
ピーター中将とハルコルト中将の仲の悪さは連合艦隊中に知られていた。ことあるごとにハルコルトの悪口を言っていた彼だった。彼の息子も同じ様なことをしていた。
「そうだ…我が妻の墓は毎年手入れをすること…以上だ」
「閣下…!」
ペルツ大尉はヘルメットの中を涙で満たしながら頷いた。彼もピーター中将の状況を察し脱出の決意を固めた様だった。
ピーター中将は艦と運命を共にした艦長の顔を見た。彼は顔にガラス片を直撃し、死亡していた。即死だろう。
「早く行けっ!…ユーゴスラビアはもう持たん…」
その声を聞いてペルツ大尉は艦橋の壊れた前部展望から脱出していった。
それを見届けたピーター中将は息子のことを考えた。
奴と仲良く、父親らしく振る舞えたのはいつまでだったろう。
あの憎らしい顔が愛おしくて仕方なかったのはいつの頃だったのだろうか…。
若造のくせに父を軽視する小僧と思っていたが自分にも非があったのか?
わからない。その答えを知りたい。
だが死神は無情にも彼の命を死者の門へと誘った。
移住暦四百二十七年、帝国暦三百十五年十月三日零時三分。
ピーター・フォン・ブレーメン中将戦死。享年六十一歳。
彼はこの会戦での功績を称えられ二階級特進で元帥となった。
航宙戦艦ユーゴスラビア機関室では一人も離脱者を出さなかった。皆がその意志あっての行動ではない。機関長が退艦を許可しなかったからだ。
「機関長!船体が大きく揺れた上、爆発が起こっているのに何故退艦させてくれないんです!?」
「退艦はならん!艦橋からの命令が来るまで…………」
その声の主、初老の機関長が叫び終えることはなかった。機関室まで火炎がきてエンジンに引火し大爆発を起こした為だ。
二十二名の機関科員は即死した。
さらにこの二度目大爆発で完全にユーゴスラビアは崩壊した。
後部主砲が爆散し、エンジンの爆発によりユーゴスラビアの船体が大きく震え各所で火が吹き出し、艦橋をも飲み込んで爆沈した。
近くにいた航宙戦艦ユードレスも爆沈に巻き込まれ沈没した。
第一次リーコン沖会戦は引き分けに終わった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
第一機動部隊
桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。
祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。

転生少女は大戦の空を飛ぶ
モラーヌソルニエ
ファンタジー
薄っぺらいニワカ戦闘機オタク(歴史的知識なし)が大戦の狭間に転生すると何が起きるでしょう。これは現代日本から第二次世界大戦前の北欧に転生した少女の空戦史である。カクヨムでも掲載しています。

【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】
一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。
しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。
ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。
以前投稿した短編
【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて
の連載版です。
連載するにあたり、短編は削除しました。
梅すだれ
木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。
登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。
時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる